矛盾してる。



クラゲを見たかっただけと言っておきながら、本当は水族館に行くために新しい洋服を買いにいったことも。

水槽にいる魚よりも彼の横顔を見上げた回数のほうが多いことも。

話すつもりじゃなかった昔話も、行きたい場所も、ダメだダメだと言い聞かせているのに心が引き寄せられてしまう。



〝なら、俺とこれからいっぱい楽しいことしようよ〟


きみは優しい。きみはいい人。

だから疑いもしない。



きみが胸を弾ませながら言った〝これから〟が、私にはないってことを。



……ガシャンッ。


週明けの月曜日。洗面所に立ってコップを手に取ろうとした瞬間に、手からすり抜けるようにして落ちた。


コップはプラスチックなので割れてないけれど、中に入ってた水のせいで床は濡れてしまっている。慌てて拭こうとタオル掛けに手を伸ばすと、再びするりとタオルさえ掴めずに落ちてしまった。


ジンジン、ビリビリ。

右手から痺れるような感覚がして、指先を動かしてみたけれど、力が入らない。



……たぶん、これも病気の症状。

腫瘍によって頭蓋骨内部の圧力が高まるために起こる手足の痺れ、または麻痺。悪化すると歩行が困難になったり、言語にも影響が出てくるそうだ。

小さく生まれた病気の種は身体の中で知らず知らずに育ち、こうして手遅れになってしまうと抗う術がない。


……人間って、本当に脆い。