「岸さんって美人だよね」
「だろ」
二次元にしか興味がなさそうな三鶴も見る目だけはあるらしい。
「でも、なにかと戦ってる人だよね」
「?」
「分かんないけど、皿洗いしてる後ろ姿を見てるといつも思う」
「……そんなにじっと見てんじゃねーよ」
そう言い返しながらも、〝戦ってる人〟という言葉が不覚にも海月にピタリと当てはまる。
自分を置いていなくなった母親のこと。
上手くいかない新しい家での生活。
そして、固く閉ざしてしまってる心の扉。
海月はそういう現実を、ずっとひとりで背負ってきた人だ。
「悠真、三鶴。晩ごはんできたわよ」
1階へと降りる階段下で、母さんが叫んでいた。
「今日はカレーらしいよ」と、三鶴が先に部屋を出ていく。
こうして一緒に育ってきた兄弟がいて、温かい飯を作ってくれる母さんがいて、いつも時間どおりに帰ってくる親父がいる。これが16年間の当たり前な環境だ。
……そんな俺がどれだけ、海月に寄り添えることができるだろう。
それから一晩中考えて、頭を使うのは苦手なのにすげえ考えて。でも結局、東の空が明るくなって朝を迎えても、自分の納得がいく答えは出なかった。