きみの過去を知って、きみが簡単には笑わない理由を知って、自分にはなにができるだろうと考えた。


俺は今まで平々凡々と生きてきて、苦労なんてしたことがない。

だから、あいつの気持ちを分かってあげられるかと聞かれたら、そうじゃない。


でも、抱きしめたかった。


ずっと俺の腕の中で守ってあげたいぐらい、本当は強く抱きしめたかった。




「なあ、これいる?」

ガヤガヤとうるさい教室で、沢木がなにかを見せてきた。



「なに?」

寒そうな中庭の景色から俺は視線を変える。



「水族館のペアチケット。親が商店街の福引きで当てた」


チケットを確認すると、それは俺も小さい頃に行ったことがある水族館。たしか記憶では広さもそんなになく、はっきり言えば子ども向けの場所だったイメージしかない。



「しょぼいじゃん、そこ」

「いや、去年リニューアルしたらしくてけっこう変わったらしいよ。インスタ映えする食べ物があったり、あと亀いるって。めっちゃでかいやつ」

「亀、ね」

「興味ないなら別にいいよ。俺はただ岸さんと行くかなって思って。ほら、冴えないほうの岸さん……って、おい!」


無関心から一変した俺は沢木からチケットを奪った。

たしかにチケットに印刷されてる外観も俺の知っていた頃のものじゃないし、楽しそうなイベントの様子もいくつか紹介されている。



思えば海月とは学校外で出掛けたことといえば、球技大会の日にケーキ屋に行ったぐらいだし、休日はおろか待ち合わせをして同じ場所に行ったことがない。


水族館なんて、自分じゃ思い付かなかったことがどんどん現実味を帯びていって、今では海月と水族館デートをすることしか頭にない。



「もらう。いや、ください」


インスタ映えのものはあんまり興味がないけど、海月は好きかもしれないし、でかい亀だって喜んでくれるかも。