……ドクンッ。
首元にはファーを巻き、ベージュのトレンチコートによく合うピンヒール。
脳裏によみがえってくるのは、いつも綺麗な格好をして、真っ赤なルージュをつけて出掛けていく母の姿。
絶対違う。いるわけない。
でも、似てる。
カツカツと遠ざかっていくヒールの音を追いかけるようにして、私は気づいたら声をかけていた。
「……あ、あのっ」
女性はすぐに足を止めた。振り向くまでの数秒が永遠のように長く感じて、心臓が口から飛び出そうだった。
「はい?」
振り向いた女性は……母ではなかった。
とても綺麗な人だったけど、六年前で止まってる母の面影とは似ても似つかなくて、急に現実へと突き落とされた感覚。
「……すいません……。なんでもないです」
小さな声で答えると、女性は不思議そうな顔をして行ってしまった。
……私、なんで追いかけたんだろう。
あんなにうるさかった鼓動が静かになって、今さら我に返った。
仮にさっきの人が母だったとして、私はどうするつもりだった?
母を思い出すだけで冷静になれないことがたくさんあるのに、会って、『久しぶり』なんて再会して世間話でもできると思った?
――『これを持って晴江おばさんのところに行きなさい』
そう言って私をあっさりと捨てて、母親らしいことなんてなにひとつしなかったあの人を、私はなんで追いかけたの?
『ねえ、お母さん。お母さんってば』
私のことを見てほしくて、用がないのに気を引いた。幼かった私はたしかに母を求めていた時もあった。
でも今は違う。絶対に違うのに……。
〝……海月?〟
頭では振り向いた母がそう名前を呼んでくれる気がしてた。