決めると、私はスーツケースを開けて入浴の支度をし、手提げ袋に必要なものを詰めると部屋を出た。

そして、一階へと下りてお風呂場に向かう途中。


「悪いわねぇ。急遽持ってきてもらっちゃって」

「いえ。これ、領収書です」


勝手口らしき扉を開け放し、女将さんが誰かと話している声が聞こえて。

いつもならこういった場面に出くわした際、邪魔をしてはいけないと静かにその場を去るのだけど、この時ばかりは、私は思わず足を止めた。


「ありがとうヒロ君。安達(あだち)さんちは働き者のいい息子を持ったわねぇ」


ヒロ君。

安達さんち。

そのキーワードが、私の知っているものだからだ。

私の記憶が正しければ、ヒロのフルネームは【安達 大斗(ひろと)】で。

まさかと思い、私は女将さんの向かい側に立つ人物を覗き見ると、そこには、緩いパーマがかかったウルフカットの髪型が少しワイルドな印象の青年が立っている。

少し日に焼けたような健康的な肌と、キリリとした奥二重の瞳。

その双眸がふと私を捉えて。


「…………」


数秒、無言で私を見つめた。