『──凛(りん)』
誰かの声に呼ばれた気がして、私はゆっくりと振り返った。
けれど、そこには誰の姿もない。
というより、ここには何もなかった。
足元さえも見えない真っ暗な空間。
自分がきちんと地に足をつけているのかも怪しく思えてくるこの場所に、私はどうしているのか。
いつから、立っていたのか。
瞬きをしても、目の前は相変わらず黒、黒、黒。
自分の存在までもがこの暗闇に溶けてしまったのではと、不安に駆られ、声を出そうと唇を開いたら。
ヒラ、と。
薄紅色の花びらがひとひら、淡く光を放ち私の前に降ってきた。
ひらり、ひらりと。
風もない暗闇の中を揺れて舞うように。
優しい灯りを纏う花びらは、この真っ暗な空間において希望の光のようで。
けれど、どこか儚さを感じ、私はそっと両手を伸ばして花びらを受け取った──刹那。
リリンと音が鳴った。
水面に広がる波紋のような、美しい鈴の音が。
途端、手に乗った花びらが光を膨張させ、花が開くように一気に広がり、弾ける。
眩しさに思わず目を瞑り、数秒の後にゆっくりと瞼を持ち上げると、景色は一変。
辺りは、薄紅色の花びらで埋め尽くされていた。