この街にやってきて、二週間近くが経った。カレンダーは八月に変わり、暑さは本格的なものになった。トシさんのいうとおり、この土地は盆地で風が少なく、湿度と気温が高い。しかし、山間のせいか朝晩はかなり気温が下がるのが特徴だった。

寝室以外にエアコンがない私たちの家で、今日も私は扇風機をまわして居間のちゃぶ台で勉強している。ぶうんと低く唸る青いネットのついた古い扇風機。すりきれた畳が汗ばんだ脛に擦れる感触。縁側でミンミンゼミが鳴いている。どれも私の邪魔にはならない。
集中するのは得意。すべてのことが気にならない。たぶん、私の長所である集中力は内向的な性格から身についたもので、それが勉強に役立っているのだからいいものだと思う。

グラスの中で麦茶の氷がかこんと音をたてた。そのタイミングで顔をあげたのは、玄関に人の気配を感じたからだ。広い家じゃない。門の前に誰か立てばなんとなくわかる。郵便やさんだろうか。
ぴんぽんと古臭い音でチャイムが鳴り、立ち上がりかけていた私はやはりと玄関まで向かう。ニスで幾分滑りのよくなった引き戸をがらりと開け、面食らった。

玄関の数歩分の敷石の向こう、門の外に立っていたのは聖(さとし)だった。
Tシャツに短パン、五分刈りの頭から頬にかけて汗がつたっている。聖は私を見て、片手をあげた。

「よ!真香、様子を見に来たぞ!」

何も聞いていない。でも、間違いなくお母さんの差し金だ。不意打ちを仕掛けるなんていかにもお母さんらしい。

「聖、あんた部活は?」
「お盆が合宿でつぶれるから、前倒しで今休みなんだよ。地区予選会、うち負けちゃったしな」
「だからって、私の様子を見に来なくても!」

私の言葉に応えずに、聖は両手に持ったボストンと紙袋を持ち上げてみせる。

「なんでもいいけど、中に入れてくんない?荷物重いし、俺の坊主頭に直射日光がきついんですけど」

どうしよう、どうしたらいいんだろう。