「俺が一緒に行くよ」
コートを着て隣に現れたのは、宗方兄の友人の中では一番歳が近い悟さんだった。悟さんは、私の上着もハンガーから取って渡してくれた。突然のことに戸惑いながらも、私は悟さんのスムーズな対応に流されて、バンガローからあっという間に出てしまった。
吉木は変わらぬ目つきで私を睨んでいた気がするけど、何も言わなかった。

夜風は、思ったよりずっと冷たかった。駐車場を抜けて五百メートルほど歩いたところにコンビニがあると言うので、言われた通り悟さんの後をついていく。煌々と輝く月の光と、途中にある僅かな街灯と、スマホの光だけを頼りに真っ暗な道を歩く。悟さんとは先ほどまで全く話していなかったので、私は少なからず緊張していた。
「詩春ちゃんって名前、可愛いよね」
「え、覚えててくれたんですか」
「逆に俺の名前は覚えてる?」
「悟さん」
彼の名前を呼ぶと、彼は柔らかく笑って、はいと返事をしてみせた。悟さんのオレンジ色の髪の毛が月に照らされて、白く光っている。透けるようなその髪を見ていると、悟さんがふと立ち止まって私を見つめてきた。
「今から俺の質問に答えてくれる?」
「え、質問ですか。なんの……」
「付き合ったこととかあるの?」
「な、ないです」
唐突な質問に戸惑っていると、悟さんは細い目を更に細めた。いつのまにか距離が縮まっていたことに驚き、思わずガードレールにつくほど仰け反ると、悟さんは私の腕をそっと掴んだ。その瞬間、背筋を何か冷たいものが駆け巡った。
「そうなんだ。付き合ったことないんだ」
なぜそこで笑うのか、私には理解ができなかった。ただただ、悟さんの優しい笑顔がどんどん不気味に思えてきて、私は言葉を失う。黒のロングコートが、段々と視界に広がってくる。
「もう一人の子は、もう色んな男と付き合ってそうだったよね」