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 ユンジェは養蚕所の隅で、藁の束を捩じっていた。 

 リオの頼まれた藁田を編みなおすため、壊れていない藁田をお手本に、それらしい形を作る準備をする。
 ずいぶんと使い古されているのか、編み直してほしい藁田は一つや二つではなかった。

 けれども、形を見る限り、ユンジェでも編むことができるものだったので、足で藁を固定し、手早く編んでいく。

 傍ではリオが見守っていた。面白くもないだろうに、飽きずに手元を眺めてくる。

「ユンジェ、本当に器用ね。藁田って編んだことないんでしょ?」

「お手本さえあれば、なんとなく、どこをどうすれば良いか分かるよ。ずっと藁に触ってきたしな」

 がさがさ、と藁の束ねる音が響く。会話が途切れ、静まり返った。どうしてだろう。会話が続かない。考えてみれば、一年ぶりの再会なのだ。妙に緊張してしまう。

「ねえ、ユンジェ。ティエンさんって優しい?」

 先に静寂を打ち破ってきたのはリオだった。ユンジェは一つ頷く。

「優しいよ。ちょっと、気難しいところもあるけど、心を開いたらすごく優しい」

「そっか。私ね、初めてティエンさんに会った時……ちょっと怖いなって思ったの。声を掛けても、すぐ背を向けちゃうし、見てくる目も冷たかったから」

 それはきっと、ティエンが警戒心を丸出しにしていた証拠だろう。ユンジェは苦笑いを零した。

「ごめんな。ティエンも悪気があったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと人間不信なところがあってさ。特に兵士とか、王族とか、そういうのに関わりのある奴だと態度が悪くなるんだ」

 それはユンジェがどうこうしてやれる話ではない。少しずつ、彼の心の傷が癒えてくれたら良いのだが。

「私達は大丈夫なの? 奥さんって勘違いしてたけど、私のこと怒ってなかった?」

 それを怒りたいのは、彼ではなく、ユンジェの方である。口が裂けても言えないが。

「怒ってないさ。俺の知り合いってのもあるだろうし、リオ達はティエンに優しくしてくれた。あいつ、人から親切を受けたことが殆ど無くてさ……だから、夕餉に時間はすごく楽しそうだった。リオ達と食事ができて、嬉しかったと思うぜ」

 そういえば、夕餉のティエンはよく喋っていたと思う。
 それに伴い、食事もいつもより多めに取っていた。それだけ彼女達に心を許していたのだろう。

「唐辛子で味付けされた煮魚があったろ? ティエンの奴、とくにそれがお気に入りだったみたいでさ。汁まで綺麗に飲み干していたよ。そんだけ美味しかったんだろう」

 ユンジェもじつは、あれが一番美味しくて、汁まで飲み干している。もう一度、食べたいな、と思って仕方がない。

「ふふっ、それなら良かった。今度はユンジェとティエンさんの好きな物を作らないとね」

 叶わない話だろう。
 ここを発てば、ユンジェとティエンは遠いところへ行く。紅州をあてもなく彷徨うかもしれないし、べつの土地に行くかもしれないし、この国自体にいないかもしれないのだから。

 リオは察しの良い娘だ。すべてを理解できずとも、話の流れで、きっと分かっていることだろう。なのに。

「ユンジェ、約束よ。必ずまたここに来て。遠いところへ行っても。追われる身のままでも。時間が掛かっていいわ。ティエンさんと一緒に、私のご飯を食べに来て」

 手を止め、彼女を見つめる。リオはあどけない顔で笑った。

「私にはユンジェが麒麟さまの使いだとか、ティエンさんが王子さまだとか、難しい話はよく分からないわ。でも、貴方達が大変な目に遭っていることは、とても分かったの」

 そんな友人に何ができるか、リオは考えた。
 よく考えて、導きだしたのはご飯を一緒に食べる約束をする、であった。

 ユンジェもティエンも追われる身の上、誰も彼らを引き留める者はいない。
 毎日が野宿で、気の休まる時もない。捕まれば殺されるか、利用されるか、だなんて聴くだけでとてもつらい話だ。

 リオには二人を助けることなんて、大それたことはできない。

 けれど約束を結んで、二人の訪問を待つことはできる。無事を祈ることはできる。
 だから約束がしたい。追われる身の二人にも待つ者が、一緒に食事をしたい者がいるということを、どうか忘れないでほしいのだ。

「ジセンさんは口癖のように言うの。温かなご飯をみんなで囲んで食べれば、気持ちが通じ合うって。今以上に仲良くなれるって。もっとみんなでご飯を食べましょう。私、もっと料理の腕を上げておくから」

「リオ……」


「貴方達の話は、とても悲しいわ。死ぬとか、利用とか、殺すとか……そんな暗い話ばっかり。それを胸に抱えてこの地を離れるより、ご飯の約束を思い出した方が楽しいでしょ? あったかくなるし、生きようと思えるし、きっとお腹もすくわ。それを二人で笑い話にしてくれたら、私もすごく嬉しい」


 顔を覗き込んでくる彼女が、いつまでも待っていると微笑む。

 いつかまた、ここを訪れた二人が、旅の思い出を歌うように語ってくれることだろう。