幼い頃に両親を失い、十一の時に祖父を失い、たった一人で生きてきた。
あの子どもは誰にも頼ろうともしなかった。
大人として振る舞い、理不尽な仕打ちにも孤独に耐えてきた。トーリャが声を掛けても、対等に接しようとするので、子どものように甘えさせることもできなかった。
祖父が死んだ時ですら、あの子どもは泣くことすら押し殺して、静かに受け入れたのだ。
トーリャは心配した。いつか、この子どもは限界を超えて、崩れてしまうのではないだろうか、と。
トーリャに子どもがいなかったなら、きっとユンジェを養子にしていたことだろう。
「そんな時かねぇ。ユンジェがティエンを拾ったのは。お前さんのおかげで、ユンジェは明るくなったよ。子どもっぽさも戻った。あんたによく甘えているようじゃないか。ティエンの傍にいるあの子は、とても幸せそうだ」
幸せ。
呪われた王子はいつも、災いを運ぶと言われ、忌み嫌われていた。
そんな自分が、あの子どもに幸せを与えているのだとしたら、これほど嬉しいことはない。
ティエンがあの子の傍にいて幸せだと思うように、ユンジェも幸せだと感じてくれるのならば、本当に嬉しいものだ。
「すまないねぇ。なんだか湿っぽい話になって。私が言うのもなんだけれど、ユンジェとこれからも仲良くやっておくれ」
「トーリャ……ええ、仲良くやっていきます。ユンジェは私の大切な家族ですから。あの子だけは守り通します。何が遭っても」
ユンジェに言えば、守るのは自分の役目だと突っぱねられそうだが、ティエンは本気で守るつもりでいた。守られるばかりの人間なんて、そんなの情けないではないか。
「そうだジセン、お前さん、困りごとがあるって言っていたじゃないか。ティエンに話してみたらどうだい? 私やリオじゃ力になれないけど、ティエンなら力になれるかもよ」
困りごと。
そういえば、ここに来る途中、トーリャがそんなことを言っていた。こんなにも世話を焼いてもらったのだから、恩は返したいもの。
ティエンにはユンジェのような手先の器用さは持ち合わせていないため、藁田を編みなおすより、持てる知識で応えられるところは応えたい。
愚図る幼子の泣き声が強くなる。トーリャは部屋で寝かしつけて来ると言って、もう一人の幼子と共に退室する。
それを見送った後、ジセンは箪笥に向かい、竹簡を取って、ティエンに差し出した。紐解くと、生糸を納める理想数が事細かに記されている。これは税に関する公文書か。
「そこには、年間に取れる糸の五割を収めろと記されてね。正直、頭が痛いんだ」
「五割? 半分も税に取られるのですか?」
「ああ、来年からね。職によって違うだろうけど、麟ノ国民である以上、税の引き上げは免れないだろうね」
では貧しい身分の者達は、今以上に苦しみあえぐことになるのだろう。ティエンは眉を顰めた。
「これのせいで三年分の取れ高と、来年の取れ高を推定計算して報告しないといけない。学び舎に通っていたとはいえ、桁が大きすぎて、頭がおっつかないんだ」
正直、五割も取られてしまうなんて、やっていけない。ジセンは深いため息を零す。
来年から苦しい生活を強いられることは目に見えており、雇う人間の数を減らすか、賃金を減らすかなどを、視野に入れていると語った。
彼はこれの計算を手伝って欲しい、と頼んだ。
王族出身のティエンであれば、庶民の人間よりも、正確に計算できるだろうと、期待を寄せてくる。
それは一向に構わない。桁を見る限り、許容範囲であった。
「糸をそんなに持っていって、どうするつもりなんだろうね。織物を大量生産するつもりなのかな」
「いいえ。竹簡を読む限り、糸は王都に納められるようです。おおよそ、他国に輸出するつもりでしょう。良質な生糸は外貨代わりになると学びました」