「知識も力もない身分は、馬鹿にされること多いんだよ。なのに、ティエン。君は栄光ある王族を捨て、農民であり続けようとしている。王子で謀反を目論む兵が慌てるはずだね」

 すると。彼は不機嫌に、王族に興味はないと鼻を鳴らした。贅沢も綺麗な物も不要だと言い切るティエンは、農民であり続けたいのだと吐露した。

「王族の身分は私に、贅沢と知識、人の恐さと絶望を与えました。反対に農民の身分は私に、家族と生きる術、人の優しさと希望を与えました。どちらを選ぶかなんて明白でしょう?」

「君を追う兵達は、今頃ティエンを変わり者だと言っているんじゃないかい?」

 笑いをこらえるジセンに、彼は肩を竦めた。知ったこっちゃないらしい。

「まあ、これからのことはティエンとユンジェで決めるべきだろう。麒麟のことや、麒麟の使い、それが君達に何をもたらすのかは分からないけれど、僕はきっと意味のあることだと思うよ」

「父王に殺されるか、天士ホウレイに利用されるか。その選択以外の道を模索したいところです。万人が私の死を望もうと」

 すると、桑の実を数え終わったリオが、ティエンにそれを差し出す。

「私はティエンさんの死を望まないわ。だって、ユンジェの大切な家族だもの。こうして食事を囲めば、もっと仲良くなれるかもしれないのに、どうして死を望まないといけないの? 貴方を狙う王族は変ね。まずは食事を囲んで話すべきなのに」

 トーリャが席を移動し、彼の肩に手を置いた。

「そうよ。農民の私達には王族なんて大層なものが分からない。だから愚かと言われようと、あんたの死なんて望まないよ。そういう人間もいると覚えておきなさい」

 ティエンの表情が柔らかくなる。幸せそうに頷く姿を見ると、なんだかユンジェも嬉しい気持ちになる。もっと多くの人間に、彼自身を認めてほしいもの。


 食事を終えると、リオがユンジェに頼みごとをしてきた。

 曰く、藁田と言われる、蚕を飼う籠を直してほしいとのこと。彼女はユンジェの手先の器用さを知っているので、藁田も編みなおせるのではないかと考えたらしい。

 御馳走になったのだから、断る理由もない。
 ユンジェは頷き、リオの案内の下、養蚕所へ向かった。
 その際、ティエンについて来るかと尋ねたが、珍しいことに彼は遠慮を見せた。まだジセンと話したいとのこと。後で手伝いに来ると言ったので、待っていると返し、ユンジェは部屋を後にした。






「相思相愛なんだね。あの二人」

 子ども達を見送った、ジセンの第一声はこれであった。

 ユンジェとリオのやり取りで、二人の気持ちを見抜いているのだろう。
 しかし、嫉妬する様子は見せない。微笑ましそうに目尻を下げている。大人の余裕、というべきか。

 ティエンもユンジェの気持ちには気付いている。
 だが、こればかりはどうしようもない。どうリオを想うが、二人は決して結ばれない。決して。

 すると、母のトーリャが愚図る幼子をあやしながら、辛らつに物申す。

「ユンジェには財力がないからねぇ。嫁がせれば、家も娘も不幸になる」

 言ったのはトーリャなのに、傷付く顔をするのも彼女なのだから、ティエンは何も言えずにいる。これもまた、農民の現実なのだろう。

「私はジセンに娘を嫁がせたことを、これっぽっちも後悔していないよ。職の苦労はあるだろうけれど、ひもじい思いもしないし、子が生まれても安心して育てられる」

 ユンジェと結ばれるより、ジセンと結ばれた方がリオも幸せなのだ。

「……でもね。私はユンジェにも幸せになってもらいたいんだ。あの子は、本当に苦労してきたよ」