それを見ていた商人達は汚い、と嘲笑していたのだろうか。
「米や野菜を作っているのは、俺達農民だ。商人はそれを売るために求めてくる。不作が続くと、食い物に困った町人は騒ぐ。なのに、農民は蔑まれる。なんか変じゃないか?」
ユンジェは商人になったことがないので、それの気持ちがよく分からない。感謝されるならまだしも、なぜ蔑まれなければいけないのだろうか。
眉を寄せる自分に、ティエンが目を細めた。
「人間は一度、綺麗を覚えてしまうと、小さな汚れですら、ひどく嫌悪してしまうもの生き物なんだ。汚れない仕事を続けると、それが当たり前となり、汚れる仕事を軽蔑する」
「農民がいないと、米も野菜も手に入らないのに」
「みな分かっているさ。分かっていても、『その程度の人間』としか見ないんだよ。謙虚を忘れた人間は傲慢だ。常に己の下を作りたがり、それを土台とする」
「お前の話はとても難しいよ。俺達は上の人間の土台なの?」
疑問が更なる疑問を呼ぶ。ユンジェが右に左に首をかしげていると、ジセンが言葉を挟んだ。
「人間は己より劣っている者がいると、とても安心するんだよ。上に立てば立つほど、その気持ちが強くなる。だから身分制度というものがあるんだ」
「身分、せいど?」
制度とはなんだろう。
「農民、商人、王族と身分を振り分けていることだよ」
「それがあるから、農民はつらい思いをするのか。なら、その身分制度ってのは無くならないの?」
「人間は不平等が好きなんだ。平等だと上下が決まらないからね。上にあがりたい心がある限り、身分制度は無くならないよ。悲しい話だけどさ」
「へえ。ジセンは頭が良いんだな。身分制度なんて俺、ちっとも知らなかったよ」
「君も勉強すれば、すぐ僕と同じ知識を得られるよ。僕は父が厳しかったこともあって、学び舎に通わせられていたんだ。当時は面倒で嫌だったけど、今はとても感謝している」
知識が豊富になれば、文字の読み書き。物の足し引き。国の仕組みや、身分に対する不平等など、多くの視野を持てるようになるとジセン。
すると、リオが困ったように吐息をついた。
「ジセンさんったら、私にも読み書きを覚えさせようとするのよ。私は女だし、家のこともあるから、学びの時間は要らないって言っているのに」
「何を言っているんだい。学びに男も女もないんだ。必ず、リオの役に立つよ。最近絵本が読めるようになって、嬉しいって言っていたじゃないか」
「そ、そうだけど……時間の無駄な気がして。学ぶより、働いた方がお金にもなるでしょ?」
すると、ジセンは首を横に振り、そんなの一時しのぎだと言って桑の実を台の上に並べる。それはユンジェにも見えるよう、真ん中で並べられた。
「ここに十八個の桑の実があります。リオとユンジェは平等にそれを食べたいので、僕は半分の七個をリオに、残りをユンジェにあげました。さて、彼はいくつ貰ったでしょう?」
ユンジェとリオは目を合わせた。
「七個でしょ? ジセンさん、半分に分けたんでしょ?」
「はい。リオは今、僕のいんちきに引っ掛かった。どう聞いても、平等じゃない。どっちかが損をしているんだよ」
ジセンがユンジェを見つめる。急いで指で数えるが、指が足りない。どっちが損をしているのか、皆目見当もつかなかった。
「分かったかい? これが学びの大切さなんだよ。知らないと、相手の言葉を鵜呑みにして終わる。農民の多くは、商人の口車に乗って損をするんだ。ティエン、教えてあげて」
名指しされた彼が、並べられた桑の実を二つに分けていく。
「十八個の半分は九個だ。七個もらったリオは二個分、損をしている。ユンジェは十一個もらった計算になるんだ」
「なんで指も使わず足し引きできるんだ?」
ティエンに差し出された桑の実を受け取り、それの一つを口に入れる。甘酸っぱい実が口いっぱいに広がって、とても美味しい。
「それは私が学んでいるからだ。ユンジェにも、そろそろ本格的に足し引きを教えてやらねばな。文字の読み書きも大切だが、こういった計算も大切だ」
「俺にできるかなぁ」
「今まで機会がなかっただけで、やれば誰にでもできる。ユンジェにだってできるさ」
そうだといいのだが。ユンジェはまた一つ、桑の実を口に入れた。
ジセンは一生懸命に桑の実を数えるリオと、ユンジェを交互に見やると、ティエンに微苦笑を向けた。
「この子達を見ても分かるように、学びの機会を得られなかった者達は損ばかりする。蔑む人間は、そこに漬け込んでばかりさ。酷い話だ」
「ええ。それはユンジェと暮らしていて、何度も目にしてきました」
ティエンが頭に手を置いてくるので、ユンジェは気恥ずかしさを隠すように、残りの身を口に押し込む。
「商人は農家の多くが、こういう人間ばかりだと思っていてね。よく僕を騙そうとするんだ。養蚕農家だからって、内心馬鹿にしているんだろうね。勿論、そういう人間ばかりじゃないと信じたいところなんだけど」
「読み書きも、足し引きもできない人間は、生産するしか能がない、とでも思っているのでしょうね」