笙ノ町の大火に巻き込まれ、住処や田畑を奪われたトーリャは現在、小さな子ども二人と嫁いだリオの所で厄介になっているそうだ。
旦那や体の大きい子ども達は故郷に残り、復興に当たっているのだとか。
娘の嫁ぎ先は養蚕業。
町の近くで桑の木を栽培して蚕を育てたり、蚕の作る繭から糸を紡いだり、また桑の木から取れる果実を売ったりして生計を立てている。
それの手伝いをしているトーリャは週三回、糸の取引を行うために町へ向かっていると語った。
「三日前だったかねぇ。ユンジェが尋ね人になっている話を耳にしたのは。見つけて、傭兵に届ければ大金がもらえるって、商人達は騒いでいたよ」
幼い頃から、ユンジェと付き合いのあるトーリャは、それが嘘だとすぐに分かった。
身寄りがいないと知っているからこそ、兄と名乗る人間に胡散臭さを感じたし、ユンジェが追われているのだと悟った。
そして今日。尋ね人を見つけたと騒ぐ商人の声を聞き、トーリャは心の臓が冷えた。
捕まればきっと、胡散臭い人間の下に連れて行かれるに違いない。酷いことをされるやもしれない。
その前にどうにか、顔を合わせなければ。
思っていた矢先、トーリャは男達から逃げるユンジェとティエンを目撃した。方角で目的を察した彼女は、先回りをして二人を待っていたという。
「どうやら追っ手は、ここまで来ていないようだけど、念のためだ。家に着くまで織物をかぶっておくんだよ」
荷馬車は山道をのぼっていく。がたごと、と馬車が大きく揺れた。
「トーリャ。途中までで良いよ。俺達はお尋ね者だから、このまま一緒だと迷惑を掛ける。二家族の仲を壊したくもないし」
頭から織物をかぶるユンジェは、前で手綱を握るトーリャに意見する。
同じく頭から織物をかぶるティエンも、どうか途中で下ろして欲しいと願い申し出るが、彼女は家に連れて行くと言って聞かない。
「リオがユンジェのことを、いたく心配していたんだよ。顔くらい見せてやっておくれ」
心臓が高鳴ってしまう。何を期待しているのだろう。ユンジェは目を泳がせ、きつく口を結んだ。
なのに、どうしても口元が緩む。
「それに、少しばかり頭を悩ませることがあってねぇ。ティエン、お前さんは農民じゃないんだろう? ということは、知識を学んでいるんじゃないかい?」
「文字の読み書きや、少々の政などに知識はありますが……何か遭ったのですか?」
トーリャが深いため息を零した。これは良からぬことが遭ったのだろう。詳しいことは、リオの嫁ぎ先に着いてから話すと彼女は言った。
「でも、やっぱり不安だよ。いきなり押しかけるのって大丈夫なの? おばさんの家でもないわけだし」
「リオの旦那さんは変わっているけど、とても良い人だよ。事情を話せば泊めてくれるはずさ。とても変わっているけど優しいよ。あー……変人だけど」
強調するほど、変わっているのか。二人は顔を見合わせ、不安を募らせる。
「それより、ほらお食べ。あんた達、逃げ回って何も口にしていないんだろう? 一個しかないから、半分にしておくれ」
馬の手綱を片手で引きながら、彼女が葉に包んだ小さな月餅を差し出してくる。
滅多に食べられない菓子は贅沢品であるが、トーリャはぜひ食べて欲しいと頼んできた。
曰く、それは得意先の主人から貰ったそうだが、これを持って帰ったところで、子ども達が喧嘩をするだけ。火種になるそうだ。
そう言われてしまえば、遠慮する必要もないだろう。ユンジェは喜んで月餅を半分に割り、片方をティエンに渡した。
「ユンジェ。私の分も、お前が食べなさい」
甘いものを美味そうに頬張るユンジェに、兄心でもくすぐられたのか、ティエンが月餅を返してくる。が、それを許さなかったのはトーリャであった。
「何を言うんだい、ティエン。あんたこそ食べなきゃ駄目だよ。そんな細い体じゃ、嫁さんが貰えないよ。残したら承知しないからね」
子どもを叱りつける母親の口調で言われるものだから、ティエンが気恥ずかしそうに首を引っ込めた。ユンジェは大笑いしてしまう。
「トーリャおばさんは怒ると怖いぜ? あの爺でさえ、恐れたんだからな」
「それは大変だ。気を付けないと」
小声で呟くティエンは羞恥があるのか、まだ首を引っ込めている。
けれども、どこか楽しげに目尻を和らげているので、嫌ではないのだろう。ユンジェは月餅にかじりつき、美味そうにそれを咀嚼するティエンを見守った。