だったら一刻も早く彼と合流しなければ。ユンジェは空いた手を帯に忍ばせる。「こらこら。ユンジェ」

 足を止めたカグムが、その手を掴みあげた。そのまま捻られ、顔を歪めてしまう。痛い。

「懐剣は抜かせない。それこそ、最大の厄介事だからな」

「かっ、ぐむ」

 この男、腕を折るつもりだろうか。捻られた箇所がぎしぎしと軋む。

「お前が懐剣を抜けばどうなるか、俺もハオも、この目でしかと見ている。あんまりお痛するようなら、この場で腕を折る。覚えておいてくれ」

 力が緩められると、ユンジェのこわばっていた体が脱力する。カグムの言葉は本気なのだろう。微笑みながら脅すとは、なんとも恐ろしい男だ。

 なのに、「悪いな」と、申し訳なく謝ってくるものだからタチが悪い。脅すなら、それを貫けばいいものを。

「ハオ、懐剣はお前が持っておいてくれ。ユンジェに持たせておくのは危険だ」

 肩を竦めたハオが、ユンジェの帯から懐剣を引き抜いた。
 ユンジェは顔色を変える。まずい、あれはティエンから授かった大切なもの。他人に持たせるわけにはいかないのに。

 と、ハオが間の抜けた声を出して、懐剣を地面に落とした。

 うっかり落としたのかと思いきや、彼は両の腕を震わせながら、それを拾い上げようと必死になっている。どうにか持ち上げても、やはり腕は震えていた。何をしているのだろう。

「洒落になってねーぞ。これっ……カグム、こんなの持ち歩けねーよ」

「どういう意味だ?」

「持ってみれば分かる」

 半ば呆れ気味のカグムに唸り、ハオがそれを放り投げる。
 片手で受け止めたカグムの手が、瞬く間に懐剣を弾いた。彼は熱いと眉を顰め、地面に転がるそれを見つめている。

 一体この男達は何をしているのだろう。ユンジェは双方を見やり、首を傾げた。

「あのさ。それ、大切なものだから、あんまり落とさないでほしいんだけど」

 ユンジェの注意など聞こえていないのだろう。カグムとハオは難しい顔で、懐剣を観察している。

 その内、カグムが再び懐剣に手を伸ばし、それに触れられるかどうかの確認を始める。彼は熱くて無理だと肩を竦めた。
 対照的に、ハオはそれに触れられるものの、ずいぶんと重たそうに懐剣を持っていた。

 二人の目がユンジェに向いたので、解放された左手を差し出す。

「軽いし、熱くもないけど」

 懐剣を上下に持ち上げ、加護が宿った黄玉(トパーズ)を見つめる。静かに揺らめくともし火が、ユンジェの心を落ち着かせた。

「なんで、このクソガキはなんともねーんだよ。麒麟の使いだからか?」

「加護のせいかもな。ピンインさまは、今まで麒麟の加護を受けていなかった。だが、この懐剣には加護が宿っている。そのせいだろう」

「加護、ねぇ。凡人の俺には分かんねーけど……加護を受けるようになったってことは、今まで認められてなかったピンインさまが、真の王族になったってことなんだろう?」

「違うよ」

 ユンジェには王族の真偽など分からないが、ハオの言葉は否定することができる。
 認められていなかったんじゃない、彼には加護が必要なかったのだ。そして皆、気付いていなかっただけなのだ。ティエンの傍にはいつも麒麟がいる、ということを。

 ああ、見せてやりたいものだ。彼の傍にいる麒麟を。気高い存在を。それに呼応するティエンのまことの姿を。
 タオシュンに弓を放った時の彼は、言葉にならないほど神々しかった。

「ティエンは王族なんて小さな存在じゃない。あいつは天人(てんにん)、誰にも穢されない存在。だから俺は麒麟から使命を授かり、あいつを生かすために守護の懐剣となったんだ」

 目を瞠る二人に、「なんてね」と言葉を付け足しておく。冗談めいた態度を咎める者はいなかった。