ユンジェは駐在所に連れられた。そこには数人の屈強な傭兵がおり、到底体当たりをして逃げる、なんてことはできない。

 更に先程の一件で学んだのか、ユンジェは窓のない部屋で待機を強いられた。物置として使用されている部屋のようだ。箱荷が目立つ。
 何か使えるものはないか、と物色したかったが、生憎見張りを置かれたので、下手な行動は取れない。

(はあ。これは、お手上げだね)

 どうしようもないので、部屋の隅で膝を抱える。
 今のユンジェにできることは、耳をすませることと、ティエンの無事を祈るばかりだった。


 ふと、扉の向こうが賑やかになる。


 夕方になったのだろう。声の多さが、時間が経ったことを教えてくれる。体勢を変えず、座っていたので尻が痛い。
 膝小僧に顔を埋めていたユンジェは、そっと顔を上げて扉を睨む。

 間もなくそこが開かれ、見覚えのある顔ぶれが二つ現れた。取りあえず、負け惜しみ代わりに舌でも出しおく。

 返ってきたのは、カグムの含み笑いであった。

「こんなにも探していたのに、ずいぶんな挨拶だなユンジェ。兄さんは、とても心配していたんだぞ」

「それはごめんなさい、カグム兄さん。俺は会いたくなかったよ。びっくりしたね。俺はいつの間に、あんたの弟になっていたんだか」

 傍らにいたハオが傭兵の一人に銭の入った袋を手渡し、ひそひそ声で話している。
 美しい男が傍にいなかったか、と聞こえたので、ティエンの姿を探しているのだろう。

 そう、彼らの本命はピンイン王子であって、ユンジェではないのだ。

 とはいえ、彼等にとって、自分は大きな収穫に違いない。

 カグムに腕を掴まれ、無理やり立たされる。
 二、三回、腕を振ってみたが、それが解かれることはなかった。寧ろ、力が増すと学んだので抵抗をやめ、おとなしく連行されることにする。

 おおよそ、傭兵達も気付いているのだろう。
 世話になった礼を告げるカグムとハオ、そしてユンジェの関係が『兄弟』ではなく、訳ありの関係であることを。

 ユンジェが追われている身なのも察しているようだが、傭兵達は見て見ぬ振りをしていた。
 金を貰った今、傭兵達には関係のない話なのだ。そういう振る舞いをされても仕方がないだろう。


 駐在所を出ると、カグムに腕を引かれるがまま織ノ町を歩く。

 どこかに逃げられないだろうか。隙を窺いながら、周囲を見回していると、痛い拳骨が落ちてきた。悲鳴を上げるユンジェに、ハオが余所見をするなと怒鳴ってきた。

「なんだよ。殴ることねーじゃん」

 横目で睨むが、相手の睨みの方が鋭かった。

「お前のせいで余計な時間を食っているんだよ。よくもまあ、小癪な真似をしてくれたな」

 それがお互い様である。ユンジェはカグムに視線を投げた。

「ねえ、カグム兄さん。俺をどうするつもりなの? 言っておくけど、ティエンの居所を吐かせようとしたって無駄だからね。あんた達のせいで、俺はティエンとはぐれたんだ」

 わざわざカグムを兄と呼び、嫌味を投げつける。
 今すぐにでも探しに行きたいと舌打ちを鳴らすと、カグムが能天気に笑声を漏らした。

「お前さんがいれば、すぐにピンインさまも保護できるだろうさ。なにせ、あの方にとってユンジェは唯一の繋がり。お前を放っておくわけがない。だからユンジェを尋ね人にしたんだよ。お前を放っておく方が厄介だしな」

 なるほど。ティエンを尋ね人にしなかった、もう一つの理由が分かった。
 彼らはティエンを一人残すことで、捕獲しやすい状況を作り上げたのだ。ユンジェを泳がせておけば、また妙な手を出してくると思っているのだろう。

 なんて、したたかな男だ。

(ティエン一人じゃ何もできない。そう思っているんだろうな)