「これ以上、ユンジェに迷惑は掛けられないだろう? この三日間、お前は老夫婦と働き、私は納屋で寝てばかりだったというのに。ユンジェ、休めていないだろう?」

 語尾を窄めるティエンに対し、ユンジェは能天気に笑う。

「気にすんなって。俺は生まれて、畑仕事ばっかりしていたんだ。働くことくらい屁でもないさ。そんな顔をするなって。ティエンだって、旅で俺を助けてくれるじゃん」

 例を挙げるならば、石切ノ町だ。
 町に立ち寄った際、石材を売りにしていると気付いたティエンが、縄を売ろうと強く訴えた。ユンジェの作る縄なら、たくさん売れる。路銀の足しになると言って譲らなかったため、ユンジェは半信半疑になりながら、貴重な金を出して藁を買い、縄をこしらえた。

 するとどうだ。
 飛ぶように縄が売れ、いつもよりも高値で取引が成立した。

 ティエンは知っていたのである。石材を運ぶ際に、丈夫な縄が求められていることを。
 ユンジェのいた町では、あまり需要がなかった縄だが、町の特色によってはそれが高値で売れる。売買は需要と供給の割合で、値段が決まるとティエンは教えてくれた。

 また、土地の知識が豊富で、石切ノ町が国のどこらへんに位置しているのか、よく把握していた。

 地図を買うと、それをユンジェの前で広げ、見方を説明した。あまり文字が読めないユンジェだから、土地の読みにつまずくと、懇切丁寧に教えてくれる。

 このように、学問の分野はティエンの方が頼りになる。てんで知識が乏しいユンジェは助けられっぱなしだ。

「お前がいなかったら、俺は地図も読めないんだ。ちゃんと役立っているよ」

 足手まといだと感じているティエンを励ます。だが、ユンジェの足元にも及ばない、と返された。

「とくにお前の機転。あれには驚くばかりだ。町や村に立ち寄る度に、色んな商人と世間話をして、その都度『別の行き先』を話すなんて」

 ひひっ。ユンジェはいたずら気に舌を出した。

「集落は近状や、知識を交換する場でもあるからな。聞き込みされた時のことを考えて、ちょっと細工をしただけだよ。足止めになってくれたら万々歳だ」

 クンル王の兵はタオシュンの一件で、おおっぴろげにピンイン王子を探すと分かっている。
 反面、天士ホウレイの兵は、水面下で動く輩だ。慎重に動いて、王子を保護したい集団だと分かっているため、ユンジェは手を打った。

 勿論、その場しのぎにしかならないだろう。とりわけクンル王の兵に対しては、通用しない手だろうが、それでも相手を翻弄できたら、と考えている。

「あの森林火災で、俺達が死んだと思ってくれねーかな。そしたら、気兼ねなく町や村に立ち寄れるんだけど」

 今のところ、クンル王の兵に動きは無い。
 町や村で兵の様子を聞いても、なんら変わりはないと返ってきた。死んだと思い込んでくれているのだろうか?

 ティエンがそれを否定する。

「カグム達の話では、クンル王は天士ホウレイの動きで、私の生存を知ったと言っていた。ホウレイが動けば、当然向こうも動く。今は様子見でもしているのだろう。兵を動かすにも金が掛かるからな。それに、父が簡単に諦める性格とは思えない。私の亡骸を目にするまでは、地の果てまで追い駆けてくるだろうさ」

「おっかないんだな。お前の父ちゃん」

 控えめに感想を述べる。実の子にそこまで殺意を向ける、クンル王の気持ちが分からない。血を分けた家族ではないのだろうか。

「父は感情の起伏が激しい方だ。それゆえ周囲に恐れられ、いつも機嫌を窺われていたものだ。私も父に会う度に、引っ叩かれていた。お前のせいで、国は不幸続きだ、と罵声を浴びせられていたものだ」

 クンル王と並んで罵声を浴びせてきたのは、第二側妃の母だという。
 王妃に呪いの子を咎められ、責を問われた母は、ティエンにその怒りをぶつけていたそうだ。