こめかみから汗が流れ落ちる。熱気が凄まじい。火の粉が肌を焼く。呼吸すら難しいほど、ここは灼熱であった。
なのに、タオシュンは顔色一つ変えず、馬に乗っている。こいつは本当に人間だろうか。ユンジェは、つい相手のことを疑ってしまう。
「将軍タオシュン。どこまでも、しつこい男だな」
ティエンが苦言した。
ほう。タオシュンが大げさに驚いてみせる。
「これはこれは。ピンイン王子、ついに声が戻りましたか。呪いが解けているのは、やはりその小僧の仕業ですかな? であれば貴方様の懐剣を抜いた、呪われし使いを目の前で八つ裂きにしてやらねばなりますまい」
そう言ってタオシュンが馬の腹を蹴り、大刀でユンジェ達を薙ぐ。
受け止めることができなかった刃は、迷うことなくユンジェを貫こうとした。地を蹴って、大刀から逃れようとするが、輩は幾度も前に回ってくる。
そこまでして、ティエンを苦しめたいのか。
「呪いとかなんとか言っているけど、ティエンが一体何をしたんだってんだ。今まで、ずっと閉じ込めていたんだろう?」
前に転がり、馬から逃れる。ティエンが弓を構えると大きく旋回した。輩の視野の広さに舌打ちを鳴らしたくなる。
タオシュンが鼻を鳴らした。
「お前は無知な謀反人だな。これは国を亡ぼす者だというのに」
まったく理解ができない。
この軟な男がどう国を亡ぼすというのだ。彼に国が亡ぼせるというのなら、ユンジェにだってできそうである。
なにせ、彼よりも力があり、生きる術も多く知っているのだから。
しかし、タオシュンは言う。
ピンイン王子が生まれてから飢饉、渇水、流行り病など、不幸が止まない。
麟ノ国は昔に比べ、確実に衰退している。
これは偶然ではない。呪いという名の必然な不幸事。忌み嫌われる王子は、この世にいるだけで国の者に地獄を見せる。
「今もそうだ。こやつがいたことで、時期にこの土地は亡ぶ」
「はあ? どういう意味だよ。この森を燃やしたのはお前の……おい、まさか」
タオシュンが高笑いを上げた。亡ぶのだと謳う将軍は今頃、町や農民の集落にも火の手が伸びているだろう。そう言って青褪める二人を嘲笑する。
「火をつけたのはっ、森だけじゃなかったのか」
農民の集落、ということは世話を焼いてくれたトーリャの家もきっと。ああ、なんてことをしてくれたのだ。この熊男。
「隠れた王子を探すのは手間でな。火をつけて、あぶり出したまでよ。無論、これは許された行為。我らが君主、尊きクンル王はどのような手を使っても良い、と仰ったのだから」
それに、これは当然の報いだとタオシュン。
この地は呪われた王子の身を一年も、隠し通していた。
それは麟ノ国に対する謀反と言っても過言ではない。所詮、地図に薄く載った小さな町だ。消えたところで、国には何ら支障が無い。
なにより麟ノ国を脅かす呪われた王子を始末することが、最優先すべき正義だ。輩は陶酔したように誇り高く語る。
「ピンイン王子、お分かり頂けますかな。貴方様が生き続けるだけで、ひとつの町が消え、森が消え、人が消えるのです」
同意を求めるタオシュンに、ティエンの体が震えた。恐怖からくるものではない。怒りからくるものだ。
「己の行いすら、貴様は私の呪いと謳うか」
「やむをえないことです。いつの時代にも、犠牲というものはございます」
国が亡ぶより、小さな土地が亡んだ方がずっと良い。呪いは小さな犠牲で食い止める。これは君主の英断である。
タオシュンは口を歪曲につり上げた。
ユンジェは腹を抱えて笑いたくなった。
ピンイン王子をひとり殺すために、町や森、人を犠牲にする。それを王子の呪いと称する。
単なる責任転嫁ではないか。呪いでも何でもない。これは目に見えた人災だ。
責を負わされるティエンは、なんて哀れなのだろう!
「そうか。これは私の呪いが齎した結果か」
ふらりとタオシュンと向かい合ったティエンが、構えていた弓を下ろす。