それはどこか、物言いたげな顔であったため、「謝ったら怒るからな」と、釘を刺しておいた。

 ユンジェは謝ってほしくなどなかった。感謝されたいわけでもなかった。ただ一言、返して欲しかった。「生きる」と。

「誰かに望まれたからって、簡単に死ぬな。ティエンの死に場所はここじゃない」

 真剣に物申しているというのに、彼の表情は柔らかい。表情を崩したまま、小さく頷く。

「分かっているさ。私は謝らない。お前を巻き込む覚悟は、とうに決めている。私はもう、誰の指図も受けない」

 ティエンの声が掠れた。ユンジェの額に、彼の額が重なってくる。
 
 頭に添えてくる両手が震えていた。

 ユンジェは泣いてもいなければ、傷付いてもいない。

 なのに、ティエンは子ども扱いしてくる。慰めようとしてくる。額を強く合わせてくる。仕方がないので、ユンジェは黙って慰められることにする。

「俺は最後まで傍にいるからさ。ちゃんと巻き込まれてやるから」

 形は違えど、ユンジェもティエンも孤独であった。ひとりの無力さを、侘しさを、つらさを知っている。知っているからこそ。

「ここではもう無理だけど、遠いところで土地を探して畑でも耕そう。また芋や豆を育てよう。二人で一緒に」

 だから。

「生きよう、ティエン。よく考えて、生き続ける方法を考えよう。お前は生きて良いんだぞ」

「……死ねと言われ慣れているせいか、面と向かって生きろと言われると、なんだか照れくさいな」

 数滴、懐剣に零れ落ちてくるそれを見つめ、ユンジェはひたすら彼の言葉を待つ。

「ユンジェ。私は這ってでも生きる。誰に望まれようとも、私はお前と生き続ける。死んでやるものか。簡単に死んでやるものかっ。私の死に場所は、私が決める」

 その言葉が聞けるまで、じっと息を潜めた。





 ユンジェにはピンイン王子の呪いだとか、王族の内情だとか、政の利用だとか、国の難しい話はよく分からない。

 しかし、人と人が複雑に絡み合い、傷付け傷付きあう現実があることは知っている。

「お待たせ。終わったよ」

 包帯を替え終わったユンジェは、天幕の外で待つカグムに声を掛けた。
 ずいぶんと時間が経ったのにも関わらず、彼は文句のひとつも言わず待っていた。どこか、ぼんやりとした顔ではあったが、ひたすら終わる時間を待ってくれていた。

 二人の時間を尊重してくれたのだろう。

「お疲れユンジェ、ピンインに夕餉を持ってくると伝え……ピンインさまに伝えてくれ」

 昔の名残があるのか、カグムは彼の名前を呼び捨てにした。とても親しかったのだろう。

 ユンジェは二人の過去に触れるつもりはない。
 なんでティエンを裏切ったのだとか、どうしてトドメを刺したのに、一年も探し回っていたのか、だとか。

 そんなこと部外者が根掘り葉掘り聞いたところで、それは野暮というものだ。

 ただ、ひとつ。彼に聞きたいことがある。

「カグム。お前さ、わざとティエンを怒らせたんじゃないのか?」

 ティエンと親しかった彼なら、ある程度予測していたはずだ。身分を理由に、ティエンとユンジェを離そうとしたら、どうなるのか。

 ユンジェから包帯の入った布袋を受け取り、カグムは意味深に笑うと、頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。そしてわざとらしい声の大きさで、ユンジェに告げた。

「必ずや、カグムがユンジェをお預かりします。貴方の力は、この目の拝見させて頂きました――麒麟の使いは我々のものです」

 天幕の内から激しい物音が聞こえた。
 間もなく顔を出す、殺気溢れたティエンに目で笑うとカグムは恭しく頭を下げて、その場を去った。


(やっぱりわざとじゃん)


 ユンジェはティエンに呼ばれるまで、カグムの背中を見送り続けた。