ティエンは孤独だった。
    
 周りの顔色を窺いながら、毎日を生きなければいけなかった。死にたくない。けれど周りは死を望む。その状況が苦しく、どうすればいいのか分からない日々を送っていた。

「そんな私に、たった一人だけ友として接してくれた奴がいた」

 それが近衛兵のカグムだった。
 彼はティエンが十二の時に出逢った兵で、同い年ということもあり、よく気さくに話し掛けてくれた。周りが蔑む目を向ける中、彼だけは親しく接してくれた。

「あいつに町のことや庶民の暮らし、弓を教えてもらったよ。あの日々は楽しかった」

 救われる思いだった、とティエンは懐かしそうに語る。それだけ、孤独な日々を送っていたのだろう。その表情はさみしそうだ。


「だが、友人と思っていたのは、私だけだった」


 ティエンが十八の誕生日を迎えた日。

 父王の命により離宮を去って、地方の地へ向かった。そこの領地を任されることになったのだ。死を望んでいた父が、まさか自分に土地を任せるとは思わず、ティエンは驚いた。

 また土地を任されたのは、谷と山を越えた先の見知らぬ土地。離宮ばかりにいたティエンは、大きな不安を抱いていた。

 けれど、友のカグムも連れて行けるので、なんとかやっていけるだろうと思った。


 出発して三日目の夜。
 事件は起きる。ティエンは泊まった宿先で、自分を守護するはずの近衛兵達に襲われてしまったのだ。

 それを命じたのは父王本人であり、近衛兵達を指揮したのは、あのタオシュンであった。
 輩は兵に呪術師をまぎれさせ、ティエンの声を奪うよう命じた。誰にも悲鳴を聞かせないように。それがあの黒蛇だという。

 ティエンは命辛々宿から抜け出し、谷の淵を沿うように逃げ回った。
 周りから死ねと言われ続けていたものの、やはり死ぬことは怖かった。誰かに言われて死ねるほど、ティエンは強い男ではなかった。

 だが、鍛えられた兵達の足から逃れられるはずもなく、ティエンはすぐに追い詰められてしまう。
 悲しいことに、友だと思っていたカグムに剣を向けられ、言い放たれた――やっと貴方を殺せる、国のために死んで欲しい、と。

 ティエンは絶望した。

 同時に恐怖した。彼に殺されるのだと頭で分かった瞬間、足が竦んで動かなくなった。そんなティエンに、問答無用で剣を向け、カグムは彼を切りつけて谷に突き落とした。

 これがティエンのいう、とどめを刺した真相だ。

「落ちていく最中、私は夜の雲の切れ間から、麒麟が翔け降りてくる姿を目にした。それが夢なのか幻なのかは、定かではないが……私は麒麟の背に乗せられ、風になった記憶がある」

 ふと気が付くと、ティエンは右も左も分からない森の奥地にいた。
    

 体は擦り傷だらけで、腹部は打撲し、頭からは血を流していたが、助かったのだと直感で思った。

 ティエンは歩いた。とにかく歩き、自分の命を狙う兵達から逃れようと必死になった。
 けれど、それも力尽き、ついに木の下で凭れるように倒れてしまう。


 そこにユンジェが通りかかり、傷付いた彼を見つけたのだ。


「目が覚めた私は、何もかも信じることができなくなっていた。せっかく助けてくれたのに、ユンジェのことすら命を狙う者だと疑心暗鬼になっていたんだ。あの時はすまなかったな。私はお前に懐剣を向けた」


 経緯を聞けば、そうなっても仕方がないことだろう。ユンジェは謝罪してくるティエンに向かって、そっと首を横に振る。

「友を失い、声を失い、居場所を失い……その上、身分の低い農民に拾われた私は、お前に八つ当たりをしていた。こんな子どもが王族に触れるなんて失礼極まりない、と毎日のように思っていた」

 実のところ、ティエンはユンジェを、あまりよく思っていなかった。

 農民のくせに、王族の自分に身の程も弁えず接してくる。
 その上、食事はお粗末で、寝る時は隣に寝ようとする。無礼な子どもだと思った。まさか呪われた第三王子と知って、そういう扱いをしているのでは。

 そう考えては腹を立てていた。卑屈になっていた。

「そんな時だ。お前が痣を作って帰って来たのは。ユンジェは謝罪してきたな。獣が獲れず、米と交換できなかったと。その代わりに、桃饅頭を食べてほしいと」