「……俺、どうしちゃったんだろう」
勢いよく起き上がったユンジェは、目の前に広がる絢爛豪華な天幕の内装に呆気を取られていた。
ここはどこだ。それが、いま胸の内に占める感情であった。
(この場所は天幕、だよな?)
今までいた天幕とは大違いだ。
ユンジェがいた天幕は、簡素な内装になっており、必要最低限の支柱と覆う布、敷物が広げてある程度であった。
他は生活物資の入った荷やら、明かりとして使う燭台やら、申し訳程度に寝床の場所があるだけ。その寝床も、薄い敷物を何枚にも重ね、衣をかぶって寝るところだった。
なのに、ここはどうだ。
覆う布には一々装飾が施されており、何枚もの絹織物が飾られている。それは織金と呼ばれるものであった。
燭台は滑らかな陶器、しかも麒麟のかたちをしている。
寝床に使用している敷物には、綿が詰められている。こんなに柔らかな寝床は初めてだ。藁の山よりも弾力があって、寝心地が良い。
ユンジェはすっかり挙動不審になっていた。それも仕様のない話、目が覚めたら、見知らぬ天幕にいたのだから。
(なっ、なんだここ。俺は寝ている間に、天の上にでも来たのか? 怖いくらい心地が良いんだけど……贅沢だ。ここはとても贅沢な場所だ)
泣き疲れた後の記憶がないユンジェだ。知らない間に、死んでしまったのか、と我が目を疑ってしまう。
「お前は起きて早々元気だな。少しは寛いだらどうだ? ユンジェ」
背後から小さな笑い声が聞こえる。振り返ると、ティエンが横になっていた。枕元には懐剣が横たわっている。
お前も死んでしまったのか、と尋ねると、勝手に殺すなと返された。どうやら、ここは天の上ではないらしい。
しかし、信じられない。こんなにも心地の良い場所があっていいのだろうか。
「お、俺のいた天幕はどこにいっちゃったんだよ。ティエン、ここって……」
「王族が使用する天幕だ。兵に頼んでお前を運んでもらった。私はお前と共に、平民の天幕で良いと言ったんだが、どうしても聞いてもらえなくてな」
さっぱり話が見えない。
分かることは、ユンジェが別の天幕にいるということ。
おおよそ、ティエンがいた天幕だろう。
(高い身分にいると、こんなところで寝かされるのか)
ユンジェは、ただただ感心するしかない。
「すまない。ユンジェ、手を貸してくれるか?」
体を起こしたいのだろう。ティエンに近寄ると、肩や背中の傷を刺激しないように、手を入れて支えてやる。
その際、彼の目を見たユンジェは、起き上がった目的に気付き、周りをきょろきょろと見渡した。
支柱の傍に置いてある錫の水差しを見つけると、湯飲みと一緒に持ってくる。
「うえっ。この水、色が付いている。飲めるのか? 酒でもなさそうだし」
ユンジェは顔を顰めた。
ティエンの喉の渇きに気付いて、こうして水を持ってきたわけだが、湯飲みに注ぐと色のついた水が出てきた。白い湯飲みだから、よく分かる。薄い黄か茶のような、そんな色をしている。
嗅いでみると、妙なにおいがした。ますます飲めるのか怪しい。変なにおいではないのだが、水にしてはおかしい。
「ふふっ、そうか。ユンジェは茉莉花茶を知らないんだな」
ティエンが湯飲みを受け取り、躊躇いなくそれで喉を潤す。そして、もう一度、湯飲みに色付き水を注ぎ、ユンジェに差し出した。飲んでみろ、と目で笑われる。
「……ティエン。それ飲んで、腹壊さないか?」
色の付いた水に不安を抱いてしまう。色があるだけでも不安なのに、妙な香りがするのだ。当然、腹の心配をしてしまう。
「お前も喉が渇いているだろ? 体の水分が空っぽになる勢いで泣いたんだから」
瞬く間に顔を紅潮させてしまう。耳まで赤く染めた。