ユンジェは蛇の死骸を放り、ティエンに傷口を見せるように訴える。やっぱり、あれは毒蛇だったのだ。早く毒を吸い出さないと!

「ティエン! 俺に喉を見せろ。てぃっ……ティエン?」

 体を折っていた彼が、呆然とユンジェを見つめてくる。

「う……ぁ……え……」

 微かに音が聞こえた。
 ユンジェも、呆けた顔でティエンを見つめる。今の音は声であった。掠れた、弱々しいものであったが、まぎれもなく声であった。

「……ゆ……じぇ……」

「お前……」

 呂律が上手く回らないのか、ティエンは何度も腹に力を込めて、舌を動かしている。

 しかし、すぐに要領を取り戻したのだろう。依然、掠れた声ではあったが、はっきりと自分を呼ぶ。


「ゆんじぇ……わたし、こえ、とどいているか?」


 いつもユンジェは想像していた。
 ティエンの声はどのようなものであろうと。

 女のように美しく高い声なのだろうか。それとも顔に似合わず、野太い声なのだろうか。はたまた、天人が持つような透き通った声なのだろうか。

 彼の声は高くもなければ、低くもない、間を取った声であった。優しい声であった。安心する声であった。

 感極まってしまう。

 彼の声が取り戻せたことが、自分のことのように嬉しい。泣けてくるほど嬉しい。それはどうしてだろう。涙しているティエンに、感化されたのだろうか。きっとそうだ、そうだに違いない。

「あっ、ティエン!」

 まだ返事をしていないのに、彼の体が崩れてしまう。
 怪我を負った上に、荒れ狂う川に飛び込んだせいだ。雨も降り続いている。急いで雨宿りできる場所を探し、彼に手当てと、乾いた服と、休息を与えなければ。

「いたぞ、ピンイン王子はご無事だ!」

 気ばかり焦っていると、ティエンを探す者達の声が聞こえた。
 あれは謀反人の間諜と呼ばれていた者達に違いない。ティエンを気遣う声が、彼の味方だと教えてくれる。

「お願い。ティエンを助けて。助けて下さい」

 ユンジェは駆け寄って来る、謀反人の間諜に助けを求めた。もう、なりふりなど構っていられなかった。