「ところでリーミン、ひとつ聞きたいことがあります」
「はい、何でしょうか」
龍のひげとはどんな甘味だろう、と想像していたユンジェは、セイウの呼びかけに返事する。セイウは湯の中で移動しているのか、度々水しぶきが聞こえた。
「硝石《しょうせき》の話です。率直に件《くだん》は将軍グンヘイが関わっていると思いますか?」
少々驚いてしまう。
セイウが一介の小僧に意見を求めてくるとは、しかも将軍グンヘイについて意見を求めてくるとは予想だにしなかった。王族と将軍の関係は、いまいち分からないユンジェだが、その間柄は浅くないものだと知っている。
ユンジェはセイウの懐剣であるため、その身分が高いものになっているものの、懐剣でなければ平民も平民。それも平民の最下層に属する者。生まれながら、高い身分の将軍グンヘイのことを、あれやこれやと軽々しく口にして良いものではないだろう。
またここは将軍グンヘイの屋敷。
遠回しに『将軍グンヘイは犯人だと思うか?』と聞くセイウの問いかけは、たいへん軽率だ。周りには、王族を世話する侍女や従僕が控えているのだから。
ふとチャオヤンに目を配る。彼は黙ってこちらを見ていた。先ほどまで、助け舟を出してくれたのに。
(なるほど。そういうことか)
そこでユンジェは、こう返事した。
「セイウさま。硝石《しょうせき》は火薬の原料なのですよね? だったら、戦を経験している将軍グンヘイは、火薬をたくさん持つ機会があると思います。次の戦に備え、蓄える可能性も十分にあるかと」
程なくして仕切りの向こうから、セイウが姿を見せる。
彼は濡れた体を侍女や従僕に拭かせ、うつくしい絹衣に身を包むと、ユンジェとチャオヤンを呼びつけた。慌ただしく平伏する侍女らを尻目に、三人は広い回廊をゆっくりと歩く。
通り過ぎる度に平伏していく人間達の光景にも、そろそろ見慣れてきたもの。ユンジェは両端で膝をつき、ふかく頭を下げる人間達に目を細めた。
先導を歩くセイウが中庭に足を伸ばした。辺りはすっかり日が暮れているため、やや視界は悪い。それでも、周りの景色が把握できるのは、強い月明かりのおかげだろう。
セイウは咲き乱れるツツジをひとつ摘み、恍惚にユンジェを見つめる。
「よく私の意図を見抜きましたね。リーミン、お前は私の想像を遥かに上回る子どもですよ」
やはり試されていたようだ。
セイウのことだから、ユンジェがどこまで、物事を考えることのできる人間か、その力量をはかるために、あのようなことを言ったのだろう。
もし。あそこで正直な意見を言ってしまえば、どのような目に遭っていたか。怪我問わず、問答無用で飾られていたやもしれない。ああ、想像するだけで恐ろしい。