「リーミン。お前に褒美を与えたいのですが、何が欲しいですか?」
ユンジェはセイウの懐剣であるが、彼の下僕でもある。ゆえにセイウの命じられたことは、すべて「はい」と言って、その命令を受け止めている。
今も、ユンジェはセイウに命じられていた。それは近衛兵のチャオヤンと共に、湯殿に浸かっているセイウの見張り番をしろ、というもの。硝石の話し合いが一区切り終えた後のことであった。
セイウという男はどうも湯殿が好きらしい。
同じ王族のティエンも湯殿が大好きだったが、この男は異常だ。少しでも汚れを感じると、湯の用意を侍女達に命じるのだから。
ユンジェはきらびやかな仕切りの向こうで湯に浸かっているであろう、主君のセイウをぼうっとしながら待っていた。自分は怪我をしているのに、今日も見張り番をしなければいけないのか、と思いながら。
そんな時に突然、褒美の話を振られたので、少々驚いてしまう。
「褒美?」
「貴方は硝石と木炭の粉を見つけた。一度調べた飾壷をもう一度調べる、という機転のおかげで、火薬の存在を知りえることができた。これはリーミンの手柄であり評価に値すること。褒美くらい当然のことでしょう」
隣で腕を組み、石壁に寄り掛かっているチャオヤンを見やる。彼は小さく頷き、「もらっておけ」と助言してきた。
褒美。ユンジェは困ってしまう。生まれてこの方、褒美などもらったことがなかった。
「欲しいもの、と言われましても」
「金銀でも、宝石でも、女でも、好きな物を言いなさい。用意させますよ」
まったく思いつかない。セイウが挙げたものに、ユンジェは興味すら湧かないので困ってしまう。
(金銀や宝石は路銀に役立ちそうだから、まだ良しとして)
女を褒美にもらってどうしろと言うのだ。
女の遊び方を知らないユンジェには、女と褒美がうまく結びつかない。一番欲しているものは、ティエンの下へ帰りたい、だが、それは絶対に許されないだろう。
はて、どうしたものか。
「リーミン。お前の好きな物を言えばいい。何が好きだ?」
「好きな物……米や芋、魚。あと甘いもの。白梨とか、桃饅頭とか」
仕切りの向こうから大笑いが聞こえた。
なぜ、笑われているのだ。好きな物を言えと言ったのはそっちなのに。チャオヤンも、心なしか苦笑いしているような、していないような。
「さすがは農民の子ども。うつくしくないものばかり好むのですね」
食べ物にうつくしいも糞もあるものか。
これだから、贅沢にまみれた生活を送る王族とは気が合わないのだ。見える範囲にセイウがいないおかげで、ユンジェは心中で思う存分、舌打ちを鳴らすことができた。あくまで心の中で。
「リーミン。物は欲しくないのか? セイウさまの褒美は贅沢なものでも許されるぞ」
チャオヤンという男は、ずいぶんと面倒見が良い。
先ほどからユンジェの気持ちを汲んで、助け舟を出してくれる。本来の彼の姿はこれなのだろう。
敵にすると、かなり厄介であるが、味方になると何かと世話を焼いてくれる。まるでカグムを彷彿させるような男だ。口が裂けても、本人には言えないことだが。
ユンジェは食べ物以外に思いつかない、とかぶりを振った。
畑仕事をしていた頃は、常に食べ物で頭がいっぱいだった。極まれによく切れる刃物や、灯りとなる油を欲していたが、やはり大半は食べ物であった。
ユンジェの様子に、チャオヤンはひとつ頷いた。仕切りの向こうにいるセイウに伝える。
「セイウさま。贅沢知らずのリーミンに望むものをお与え下さいませ。これはリーミンの褒美、この子どもに極上の甘味をお与え下さい」
また一つ笑い声が上がる。それはどこか小ばかにした笑いで、どこか同意を含む笑いであった。
「ならば。リーミンには褒美として、『龍のひげ』を与えましょう。誰か、厨房長に伝達して、すぐに用意させなさい。私も湯から上がったら、それを食して寝ることにします」
龍のひげ。
それは一体、どんな甘味なのだろう。
むしろ、甘味と呼ぶべき代物なのだろうか。無知なユンジェでも、ひげが何なのかくらいは分かる。それゆえ、あまり食欲はそそられない。『ひげ』よりも饅頭や月餅、かりんとうの方が食べたい。
(たぶん贅沢なお菓子なんだろうけど)
でも、名前が『ひげ』なので、やっぱり食欲がそそられない。美味しい菓子だといいが。