まずは死に物狂いで手段を探すべきだ。それこそ自分が納得するまで。

 ティエンはまだそれをしていない。他人の意見に流されそうになっているだけ。それではきっと、ティエン自身も納得せず、自己嫌悪に襲われ、それを見たユンジェも自己嫌悪してしまうことだろう。

「諦めるなよ。俺はあんたの考えに賛成するからさ」

 サンチェは子どもらしい笑顔を見せた。
 屈託のない笑みは、ティエンの不安を溶かしていく。

 何一つ解決などしていないのに、己の考えに自信が湧いてきた。

 そうだ、自分は納得も何もしていない。簡単にしか足掻いていないのに、何をもう諦めているのだ。よく考えてもいないくせに、主従の儀をせざるを得ない、なんぞと諦めるにはまだ早いではないか。

「サンチェ、ありがとう。私は気づかない内に、心が折れかかっていたようだ。目が覚めたよ。そうだな、お前の言う通り、諦めるにはまだ早い」

 うん、サンチェは満足気に頷く。

「大丈夫。あんたならユンジェを元通りできるよ。俺はそう信じているから。主従の儀とかなんとか、小難しいことは分かんねーけど、ティエンもそれっぽい儀を交わしたら良いかもしれないぞ。家族の儀とか」

 可愛い提案に噴き出してしまう。

「ふふっ、それは名案だな。家族の儀か。ぜひ、交わしたくなる儀だ」

 ふと、そこまで話した時、ティエンの脳裏に懐かしい思い出がよみがえる。


 儀。

 そういえば、ユンジェに自分の懐剣を預ける際、あの子と儀を交わしたような記憶がある。あれは確か、ユンジェが使命を賜った際の立派な言葉を使ってみたいと、駄々を捏ねて――パキッ。枝の折れる音が聞こえ、ティエンとサンチェは素早く立ち上がった。追っ手か。

「サンチェ。私の近くに」

 警戒心を高め、サンチェの身を引き寄せた時であった。
 小川を挟んだ向こうから、柳葉刀(りゅうようとう)を持った男が姿を現す。

 数は五人、いや六人。身軽な麻衣姿は、王族兵ではなさそうだが、どいつもこいつも体躯は太く逞しい。武器を片手に歩いているのだから、物騒な連中には違いない。

 向こうもティエンらを見つけるや、顔が険しくなり、目つきが鋭くなった。やはり敵のようだ。

「ティエンさまっ!」

 異変に気づいたカグムが馬の腹を蹴り、こちらへ駆けてくる。しかし、それよりも先に、駆け出す者がいた。


「サンチェお兄ちゃんっ? やっぱりお兄ちゃんだっ!」


 それは男らの大きな体の陰に隠れていた。サンチェの姿を見るや、泣きそうな声を上げて、穏やかな小川に渡る。小さな男の子であった。しかも、その子どもは、ジェチと逸れた幼子であった。

「ヒョヌ! お前っ、ヒョヌじゃないかっ!」

 サンチェも小川に入ると、早足で幼子の下へ向かい、ヒョヌを力強く抱きしめる。
 緊張の糸が切れたのだろう。幼子は怖かったと、さみしかったと、か細い声を振り絞り、サンチェの体に顔を押し付けた。その姿にサンチェは心底安堵する。

「良かった、兵士に捕まっていなかったんだな。ジェチがお前のことを心配していたぞ。ひとりで、よくがんばったぞ」

 すると。ヒョヌが嗚咽を噛み締めながら後ろを指さした。

「あの人たちが、たすけてくれたの……でもね、あの人たちも、兵士さんだって」

「兵士?」

「うん。兵士さんだけど、兵士さんじゃない……兵士さんだって。たすけてくれた時に、お話してくれた」

 眉を寄せるサンチェの背後で様子を見守っていたカグムが、抜きかけの太極刀を鞘に収めた。


「お前ら、グンヘイの謀反兵か」