「そういうところが、思いを寄せすぎだって言っているんだ。そこまでユンジェに思いを強めてどうする。あいつが折れた時、生きていけなくなるぞ」

「なぜ、生きる必要があるのだ?」

 カグムは面白いことを言う。

 ティエンがいま、生きている理由は、あの子と一緒に生きるため。二人で静かな土地で暮らすためなのだ。

 国のために生きているわけではない。
 王になるためでもない。

 ティエンはティエンの生きたいように生きようとしているだけ。

 二人で一緒に生きる約束が(たが)えてしまう日が来るのなら、ティエンは迷わず、あの子同様、折れる道を選ぶ。

「それはさせない」

 カグムが真っ向から、ティエンの生き方を否定した。
 白く細い手首を掴み、「お前は生きるんだ」と、生きなければいけないのだと、強く訴える。笑わせないでほしい。自分は第三王子の死を願っているくせにっ!

「たとえユンジェが折れたとしても、俺はお前を折れさせない。お前は国の椅子に座らなきゃなんねー男なんだよ」

「寝言なら寝て言え。貴様がピンインを殺したくせにっ」

「ああ、そうだ。否定しねーよ。そんでも、お前はユンジェとは違う。後追いして良い、軽い存在じゃねえ」

 お前はユンジェとは違う。身分が違う。カグムはしつこく訴えた。それがティエンの神経を逆なでさせた。

「だったら、ユンジェは軽い存在だと言うのか!」

「そうは言ってねーだろうがっ」

「そうではないかっ。大体、お前のやっていることは支離滅裂なんだ。私を守る兵かと思いきや、逆心を向け……かと思ったら、また私を守るお役に就いている。死を望んでいるのか、それとも生を望んでいるのか、はっきりさせたらどうだ」

 ティエンの問い掛けに、カグムは真っ直ぐ返事した。

「今も昔も放っておけねえ。その気持ちだけは、あの頃と変わらない。どんな思いを持っていてもな」

 それは、あまりにも狡い返事だった。
 憎しみを抱くティエンが、その言葉に苛まないとでも思っているのだろうか。手形がつくほど、強く握って見つめてくるカグムを見据える。やっぱり、この男の心が見えない。何年も一緒にいたのに。


「そこ。痴話喧嘩している場合じゃないぜ。なんだか、通りが騒がしい」


 終止符を打ってきたのはサンチェであった。人差し指を立て、里の人間の声を拾っている。

「ばっ、なんで、この雰囲気で痴話喧嘩とか言えるんだ」

「え? 違うのか? 二人の喧嘩を見ていると、両親の喧嘩を思い出してくるんだけど」

「そうだとしても、痴話喧嘩はちげぇって。意味を理解してから言葉を使え」

 ハオの非難を綺麗に聞き流すサンチェは、「ちょっと様子を見てくる」と、言って駆け出す。その足はすぐに止まり、息を呑む音が聞こえた。


 視線を投げたティエンは目を見開いてしまう。


 家屋の日陰となっている向こう。


 日差しをいっぱいに浴びて、こちらへ歩んで来るのは、返り血と己の血で真っ赤に染まった絹衣を纏う麒麟の使い――ユンジェであった。


「ゆっ、ユンジェ。ユンジェっ!」


 ずっと、ずっと、会いたかった子どもがそこにいる。

 感極まるティエンだが、その体を押しのけて、いち早くカグムが走った。彼はサンチェに下がるよう声を張ると、迷わず太極刀を抜く。
 カグムには見えていたのだ。ユンジェが懐剣に手を掛ける、その動作を。

 サンチェの体を思いきり引き倒すと、カグムは太極刀を振り下ろす。対照的にユンジェは懐剣を振り上げ、その小さな刃でカグムの一振りを受け止めた。
 互いに本気の一振りであった。

「くっ。ユンジェ、お前」

 顔を顰めるカグムを見上げるユンジェの目は、悪意や邪な心を見通そうと、どこまでも澄んでいた。
 しかしながら、いつも見ている目にはない、冷たい光が纏っていた。

「ハオっ。ティエンさまとサンチェを守れ。こいつはユンジェじゃあない。リーミンだ!」

 瞬きのこと。隙を突いた麒麟の使いが、カグムの股の間へ滑り込んで背後と取る。小柄な体躯だからこそできる芸当だった。


「舐めんなよクソガキ!」


 双剣を抜いたハオがカグムの背中に向けられた懐剣を受け流す。
 無防備になったところで、左の剣を振るうも、ユンジェはその一撃を避けることもなく、体で受け止めようとした。


 おかげでハオの方が寸止めせざるを得ない。


「くそっ。てめぇが怪我したら、また俺がお守する羽目になるだろうが」

「ばかやろう。手加減してんじゃねえぞハオ。相手は麒麟の使いだぞ」