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 ユンジェとティエンは森の出口を目指した。

 生い茂る森は身を隠す場所には持ってこいだが、夜になれば、どれほど危険な場所になるのか、二人は重々に知っている。

 今夜は雨が続くだろうから、獣除けの火も焚けそうにない。ろくに道具も揃っていないのに、森で野宿するのはあまりにも無謀であった。

 とはいえ、無事に森を抜けられるだろうか。森の出口はユンジェが知る限り、三か所。

 水田を持つ農家の集落へ続く道。
 町へ続く道。
 そして吊り橋を使う道。

 前者二つは、敵が潜んでいる可能性が高い。

 ユンジェは町で盗み聞きした話を思い出していた。消去法で残るは吊り橋だ。敵はそこまで足を伸ばしているだろうか? あそこは険しい道の先にある。迷っている暇はない。

(あの吊り橋は渓谷(けいこく)の出入り口だ。逃げ道は渓谷しかない。見えたっ!)

 森の出口が確認できた、刹那のこと。

 目に飛び込んできた吊り橋から、無数の矢が飛んできた。
 雨あられのように向かってくる凶器をいち早く察知したティエンが、ユンジェを引き倒し、覆いかぶさってくる。
 庇われているのだと気付いた時には、彼の華奢な体に、肩に、背中に、矢が刺さっていた。ユンジェは悲鳴を上げてしまう。

「な、なにやっているんだよ! ティエン!」

 そこを退くように告げるが、ティエンは動こうとしない。
 必死にユンジェを守ろうと抱きしめるばかりだ。彼の体を押そうと、肩に手を添える。両手にべっとりと鮮血がつき、ユンジェは震えた。

 なのに。ティエンは大丈夫だと目で笑う。
 やせ我慢していることくらい、目を見なくとも嘘だと分かるのに。


「これはこれは、ピンイン王子。髪を切り、なんとも変わり果てたお姿になられましたな。このタオシュンですら、思わず情けを掛けたくなりますぞ」


 矢の猛撃が止み、大刀(だいとう)を持った無精ひげの男が近寄ってくる。
 熊のような巨体を持つ輩の鎧は、吊り橋で弓を構えている男達の鎧よりも、ひと際色合いが美しく、鉄板が厚い。

 知識の乏しいユンジェでも、タオシュンは身分が高い者だと分かった。

 肩で息をするティエンが美しい顔を歪ませ、タオシュンを殺す勢いで睨む。
 それに比例して、ユンジェを腕に抱く力が増した。非力のくせに、どこにそんな力があるのだろうか。痛い。息が詰まりそうだ。

「ほほう。相も変わらず、声は出せないようで」

 タオシュンはティエンの声について、何か知っているようだ。では、声を失ってしまった原因は、この男か。

「軟な貴方様がまさか、生きておられるとは。あの一件で、とっくに野垂れ死んでいるかと思いましたが――その小僧が謀反人ですかな?」

 これ以上、ティエンに力を込められるとユンジェは潰れてしまいそうだ。彼の体は痛みで震えているというのに、まったく自分を手放そうとしない。

(い、痛ぇ……なんだ?)

 体に食い込むものを感じる。
 ユンジェは手探りで、それに触れた。懐剣だ。ティエンの帯にたばさんでいる懐剣の護手が、ユンジェの腹部に食い込んでいるのだ。

 視線をずらし、右の手で懐剣の鞘を掴む。

 同時にティエンの体が横に倒れた。余所見をしている間に、タオシュンが彼の横っ面を引っ叩いたようだ。

 共に倒れるユンジェだが、その体は熊のような手によって持ち上げられる。決して軽い体躯ではないのだが、タオシュンは軽々とユンジェを持った。

 急いでティエンが体を起こし、自分を取り戻そうと輩にしがみつくが、太い足が彼を蹴り飛ばしてしまった。