サンチェは震える手を握り締め、夜目を眇めて、少しでも遠くへ遠くへと逃げた。
何度も後ろを振り返る。太い棍棒を持つ男達は、双方ともサンチェを追っていた。それで良い。自分を追って来い。幼子らから少しでも、危険を遠ざける。それがサンチェの目的なのだから。
(逃げろサンチェ。逃げてっ、逃げてっ、逃げてっ……そして、ユンジェの兄貴を探すんだ。あいつがオトリになってくれたおかげで、チビ達は助けられた。だから――今度は俺の番だっ!)
青白い月明かりに、うっすらと雲がかかり、闇夜の森が一層暗くなる。
ほうほう。どこかで夜鳥の声が聞こえた。
それらの音を掻き消すように、草木を薙いで直進する。
サンチェの枝を踏み折る足音は、後から追って来る男達の耳に届いているようで、「姿が見えない」と、「目と鼻にいる」と、「そこで茂みが揺れた」と、野太い声で会話を交わしている。
少しでも会話を聞くため、後ろに集中する。
「あっ!」
足元への注意と、視野の悪さが仇となった。
サンチェは剥き出しの木の根に躓き、前へ回るように転がった。
背中から倒れ、息が詰まりそうになる。軽く咳を零した後、サンチェは素早く立ち上がって、ふたたび走り始める。その足に太い棍棒が投げられたせいで、また、でこぼことした地面に倒れてしまった。
「くそっ」
肘と腹部を強く打ちつけ、今度は素早く立ち上がることが困難となった。
自慢の足も、投げられた棍棒が直撃したことで痛みを帯びている。時間が経てば経つほど、その痛みは広がった。
背中に痛烈な痛みが振り下ろされる。頭で状況を把握するよりも先に、悲鳴を上げてしまった。何度も痛みが襲ってくるので、その度に悲鳴を上げてしまう。
殴りつけられているのだと、ようやっと理解した時には地面に伏せていた。髪を掴まれたことで、頭皮に鋭い痛みが刺す。
それでも抵抗ができないのは、こめかみに流れ落ちる血のせい。ああ、そうか、自分は背中だけでなく、頭も殴られたのか。
まるで狩りで獲物を仕留める時のように、男達は何度も殴りつけ、サンチェを弱らせる。
「金目の物はなさそうだな。頭陀袋には、食い物や草の入った袋だけ」
「まあ。ガキの持ち物なんて、そんなものだろう」
「待てよ。装飾品があるぞ」
ぐったりと目を瞑り、その場に伏せていたサンチェは、男達の喜ぶ声に白濁していた意識を取り戻す。
薄目を開け、目玉で動かすと、己の頭陀袋がひっくり返されていることに気づいた。