賊は腕のある者達が集っているようで、剣の腕に長けている兵士らを苦戦に追い込んでいた。
馬に乗る兵は落馬させ、地に足をつけている兵はそのまま斬りかかり、ひとり、またひとり、と兵士を討って数を減らしている。
数が減れば当然、守る層は薄くなる。それは即ち、セイウの守護がおろそかになるということ。
「セイウさま。お下がりください。賊の狙いは貴殿です」
近衛兵チャオヤンが率先して馬を走らせ、賊に直刀に振り下ろし、第二王子セイウの守護にあたる。
他の兵士には守りを怠るな、と怒声を張っていた。セイウに傷ひとつ付けてはならない、援軍が来るまで身を挺して王子を守れ、と命じる。主君を守るために必死であった。
そして。
馬に乗るセイウは護身刀である苗刀を抜き、前後左右に目を配らせていた。
いつも余裕に満ちたかんばせが、やや険しい色を放っている。敵襲に焦りを見せているのか、それとも冷静に物事を判断しようとしているのか、少々余裕に欠けていた。
それなりに剣の腕はあるようで、己に向かってくる賊の剣を受け流し、鮮やかな動きで斬り返した。一対一なら負け知らず、と称せる腕なのかもしれない。
ただ第二王子セイウは戦慣れしていない王族なので、数が多いと、判断に迷いや鈍りが出てくる。即決に敵を見定め、斬り倒すことができずにいる様子だった。
「セイウさま!」
一瞬の迷いが油断を生む。いち早く主君の危機を察知したチャオヤンが、手綱を引いて振り返る。
「小癪な」
前ばかりに気を取られていたセイウも、舌を鳴らしながら振り返る。賊はすでにセイウの背後を取り、目と鼻の先で柳葉刀(りょうようとう)を振り翳した。
そうはさせない。ユンジェは小柄な体躯を活かすと、兵士や賊の合間を縫って、つよく地を蹴った。
そうして双方の間に割り込むと、力の限り懐剣を薙いで、賊の柳葉刀を受け止める。否、受け止めたそれを叩き折った。
「あれはリーミン……まさか、主君の危機を知って走ってきたのか」
チャオヤンの驚く声は、青州の兵士達にも伝染した。第二王子セイウに至っては、こぼれんばかりに大きく目を見開いている。
真上にあがった柳葉刀の刃が土に刺さる。同時にユンジェも、地面に着地して殺気立った。
「セイウの首を討ち取りたいなら、俺を折ってからにしろ。懐剣のリーミンは、まだ折れていないぜ!」
咆哮するユンジェを見つめていたセイウが、次第に喜びと興奮に満たされ、いつもの余裕を取り戻す。
物騒な状況なのに強い欲に駆られた。
「これが主従の儀の関係。血の杯を飲んだリーミンは、折れるまで私を守り通そうとする」
ああ、なんて喜ばしい光景だろうか。
リーミンが自分の危機を知り、どこからともなく走ってきた。麟ノ国のどこにいようとも、その使命に駆られて走って来る。こんな懐剣、国中どこを探しても見つからないことだろう。はやく、まことセイウの懐剣にしてしまいたい。いや、あれはもう、自分の物だ。自ら戻って来たのだから、当然セイウの懐剣と言えよう。
気持ちを高揚させながら、懐剣の子どもにセイウは命じた。
「リーミン。あれらを殺してしまいなさい。王族に刃を向ける薄汚れた人間など、無礼も甚だしい。汚らわしい人間を生かす必要などありません――殺しなさい」
うつくしいものこそ価値がある。
主君の心からの訴えを受け止めたユンジェは、セイウに悪意を抱く人間を見据え、懐剣を握り直して音なく走った。
隣を走る麒麟の起こす風に乗り、目にも留まらぬ速さでひとりの賊の前に回ると、寸の狂いもなく懐剣を喉元に突き刺す。
断末魔と共に返り血を浴びても、変わらぬ表情で次の標的を探した。
背後から柳葉刀を振り下ろされたが、素手で受け止め、隙ができた瞬間、懐剣で返り討ちにした。命を奪うことに躊躇いなど無かった。
それが主君の望む、懐剣の姿なのだから。
その姿に敵も味方も、ユンジェに恐怖と戸惑いを抱くが、セイウだけはうっとりと見惚れていた。歪み切った欲がユンジェをリーミンにしていった。