あれは自分達が逃がした子ども達なのだろうか、それとも別の地から奪ってきた子ども達なのだろうか。はたまた。
「トンファお兄ちゃんっ、怖いよ」
子ども達の泣き声の中に、聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。まさか。
ユンジェが目を配らせると、幼い子ども達が一人の少年に寄り添っている。
ジャグムの実を生で食べ、腹痛を起こした、あのトンファだ。
彼は悲しそうに眉を寄せ、子ども達にもっと近くへ寄るよう声を掛けていた。少しでも温もりを与え、恐怖心を和らげようとしているのだろう。
ああ、彼は捕まってしまったのか。塒の場所がばれてしまったのか。
それとも、ばれそうになって塒から離れたところを捕まったのか。どちらにしろ、これは最悪の状況だ。
(トンファとガキ達を合わせて……何人か足りないな。ジェチも見当たらないし)
きっと、はぐれてしまったのだろう。
ユンジェは痛むこめかみを擦りながら、下唇を噛み締める。
サンチェとオトリとなり、一晩中走り回ったものの、やはり兵は甘くなかった。彼らは子どもらを捕まえてしまった。サンチェの家族を捕まえてしまった。
これも懐剣の子どもが近くにいると、青州兵に一報が入ったせいだろう。それが無ければ、トンファ達は難なく兵達から逃れられたに違いない。
傍に懐剣の子どもがいるから、自分が近くにいたから、彼らは捕まってしまった。大きな罪悪感がのしかかる。
(いつも俺に罪悪感を抱く、ティエンの気持ちが今なら分かる。自分のせいで、誰かが傷付くのがこんなにも心痛いことだなんて。俺が懐剣だったばかりに、あいつらが……)
幼子らがトンファの名前を、ジェチの名前を、そしてサンチェの名前を呼んで泣いている。これから降りかかる未知な恐怖に親恋しくなっている。
悲痛な叫びがユンジェの胸を突いてくる。
(どうすれば、あいつらを助けられるんだ。どうすれば……落ち着け。焦るな)
冷静になれ。リーミン、冷静になれ。
考えなしに動けば、余計悪い方向に流れていく。それは知っているだろう。リーミンっ!
何度も自分に言い聞かせながら、忙しなく目を動かしていると、広場の隅に放置されている干し草束の陰で、兵達に睨みを飛ばしている少年を見つけた。
サンチェだ。
良かった、彼はまだ捕まっていないようだ。
急いで木から下り、広場の兵に見つからないよう、大回りして彼の下へ向かう。
忍び足で背後に回ると、傍にいたリョンがひえっと悲鳴を上げそうになった。
慌てて両手で口を塞ぐと、サンチェが振り返ってくる。目を丸くする彼は、すぐに表情を崩して、「さっきぶり」と肩を竦めた。やや声音は硬かった。
「サンチェ。トンファ達が」
「ああ。運悪く見つかっちまったみてぇだな。どうにかして、助けてやりたいけど……広場じゃ、さっきみたいな奇襲は使えないな。兵も多いし」
されど、サンチェは諦めていない様子。
絶対に助ける手がある、と思案に耽っている。家族を見捨てるつもりは毛頭ないのだろう。
「さっきから兵達が、口々に懐剣の子どもがなんたら……って言っているから、それが見つかれば落ち着くんだろうけど。なんだよ、懐剣の子どもって」
こめかみをさすり続けるユンジェは、何も言えなくなる。息が詰まりそうだ。頭も痛い。
「どうもグンヘイはガキの俺達を捕まえて売り飛ばす以外に、懐剣の子どもってやらの目的でガキを捕まえているみたいだな。まあ、懐剣だろうが何だろうが、末路はグンヘイの財になるのは目に見えているけどよ」
広場にいる兵の声が厳かなものとなる。
将軍グンヘイ自ら、広場に赴いたようだ。兵達はみな、片膝をついて深くこうべを垂らしていた
。
将軍グンヘイはたてがみの美しい白馬に乗っていた。鮮やかな衣の上から、眩しいばかりに磨かれた鎧を纏っている。
けれども、真ん丸な体躯のせいで、やや鎧が窮屈なものに見えた。
その腹には脂がたっぷり詰まっていそうだ。よほど美味いものを食べているのだろう。
鼻の下の髭は威厳を示しているようだが、妙に不格好に見える。
将軍という肩書きを持つわりに、ちんちくりんな男に思えた。見た目、剣や弓も使いこなせそうにない。
これならば、まだ将軍タオシュンの方が、立派な将軍と思えた。
「まだ懐剣のガキは見つからないのか。ちんたらしていると、第二王子セイウが到着するではないか。愚か者どもめ」
声音を張るグンヘイは、近くにいる子どもを見やり、小汚いと感想を述べていた。だったら放してやれ、と思うが、グンヘイは子どもを金として見ているようで、この子どもはいくらほどで売れるだろうか、と独り言を零している。
トンファの傍にいた幼子に唾を吐きかけた瞬間、感情的になったサンチェが飛び出しそうになったので、ユンジェは必死に体を押さえた。
今、飛び出せば、瞬く間に捕まってしまう。
兵士達は捕まえた子ども達の衣をまさぐり、懐剣がないか、所持品は何があるか、乱暴に確かめていく。
その荒さに泣き出す子どももいたが、それすら暴力で黙らされていた。
広場に集まる里の者達は野次馬こそするが、誰も助けようとはしない。同情を抱きつつも、我が身が可愛いのだろう。