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 サンチェ達と別れたユンジェは、ひとり桟橋を渡り、川の流れに沿って(かすみ)ノ里の奥へ進む。

 その目的は里の地形の把握。里のどこらへんに里の人間や兵が密集しているか、この目でしかと確かめたかったのである。

 ユンジェはよそ者であるため、里の人間とすれ違う度に、いぶかしげな眼を向けられた。
 とりわけ、よそ者の子どもには冷たい目を向ける。
 里の親子連れを見掛けると、目を合わせるな、だの、近づいてはいけないだの、兵士に知らせるべきだの、色んな声が聞こえてくる。

 将軍グンヘイが頻繁にみなしごの子どもを捕らえては、里へ連れてくるので、里の者は警戒心を抱いているようだ。
 おおよそ、将軍グンヘイから逃げたみなしごの子どもらは、しょっちゅう里の中で盗みを働いているのだろう。里の者達は口々に、みなしごの子どもは品がなく、乱暴者で非常識だと陰口を叩いていた、

 生きるために仕方がない行為だと、頭の片隅で分かっていても、自分達の生活を脅かされることには思うことがあるらしい。

 ユンジェは里の者達に正直な人間だな、と思った。

 一応、麒麟に仕える神官が多い里だと聞いているので、もう少し人情に篤(あつ)くても罰は当たらなさそうなのに。みな、自分が可愛いのだろう。

 それとも、将軍グンヘイの支配のせいで、心が蝕まれているのやもしれない。心なしか、里の人間のかんばせは重いように思えた。

 ユンジェは兵士に見つからないよう、連中の姿を確認すると極力家屋や木の陰、唐黍畑(とうきびばたけ)に鳴りを潜めた。
 里をうろつく兵は逃げた子どもらの行方を追っているようで、里で遊ぶ子どもを見つけると声を掛けて、素性を尋ねていた。

 どうも兵士達は焦っているようだった。
 一人でも多く、みなしごを回収しなけれが自分達の実の上が危ぶまれる、と会話が聞こえてくる。それだけ将軍グンヘイが恐ろしいのだろう。


(ここは……)


 川沿いを歩いていたユンジェの足が止まる。多くの兵がいたので、急いで草深い茂みに身を隠す。

 目に映ったのは広そうな森の入り口らしき架け橋。
 うっそうとした森は、開拓された里には相応しくない、厳かな空気が醸し出されている。森から流れる大きな川は入り口を囲うように、途中から枝分かれしており、里の至る所へ流れていく。
 また、そこは常時兵達が見張っているのか、小屋が建てられていた。

 考えずとも分かる。あそこが天降(あまり)ノ泉の入り口だ。警備は里のどこよりも厳重であった。

(あの奥に泉があるのか)

 まだ入り口の架け橋しか見てないので何とも言えないが、他に侵入口はなさそうだ。周りは川で囲まれているので、川の深さによっては侵入が難しそうだ。

 否、きっと侵入できない。

 天降(あまり)ノ泉は(かすみ)ノ里が守護していた地。

 将軍グンヘイに反発した里の者が、とっくに試みていそうだ。よそ者のユンジェが考えつくことなのだから、絶対に誰かがしていることだろう。

 ユンジェは早々に侵入口探しを諦める。あそこは兵が多いので、川の回りを歩くのはあまりに危険だ。賢い選択ではない。

(泉の場所を知れただけでも儲けものだろ。ティエン達と合流した後に、この問題は考えよう)

 足音を立てないよう、そっと身を引き、その場を後にする。

 そろそろが日が暮れるので、どこかで野宿しなければ。
 ティエン達を待つ場所は市場らへんが良いだろう。彼らがここに辿り着いた時、きっとユンジェの話を得ようと、人の多いところで聞き込みをするだろうから。

(頭の芯がまだ痛い。セイウのせいかな。俺の名前……リーミンで合っているよな)

 ユンジェは自分の名前を小声で口にする。うん、ひとつ頷いた。大丈夫、慣れ親しんだ名前だ。自分はティエンの懐剣のままだ。


「広場に捕えた子どもを集めている。数が多い、兵を回せ。懐剣の子どもがいるやもしれん」


 息が止まりそうだった。
 兵の方に視線を戻すと、馬に乗った数人が足で腹を叩いて、ユンジェのいる茂みの側を走り抜ける。

 捕らえた子ども。嫌な予感が過ぎり、心臓がドクドクと早鐘のように鳴り響いた。


(サンチェとリョンは……大丈夫だよな)


 先ほど別れた者達を想い、ユンジェは衣で手汗を拭う。

 気づけば、駆け足で馬に乗った兵達の後を追っていた。

 大丈夫、サンチェは強い。足だって速いし、ユンジェよりも腕っぷしがある。
 調子の良い彼のことだ。奇策を考え、リョンと共に追っ手から逃れている。そうだ、きっとそうに違いない。

 そう信じたいのに、ユンジェの走る足は止まらない。
 からくれないの夕陽を浴びながら、息が切れてもなお、ひた走って里の広場とやらへ向かった。

(あっ!)

 ようやっとのことで広場に辿り着いたユンジェは、荒呼吸のまま木の上にのぼり、そこの光景を目の当たりにする。

 たくさんの子ども達が捕まっている。麻縄で縛られている。