◆◆


 晴れ渡った森の中、川沿いを上流へ向かって歩くハオは、とにかく勘弁してほしい、と心中で嘆いていた。

 右側を見やれば、俯き気味に歩く麟ノ国第三王子ティエンの姿。左側を見やれば、ぼんやりと明後日の方向を向いて歩く同胞カグムの姿。双方から醸し出される空気は重く、声を掛けても、一言二言で終わる。

 麟ノ国第一王子リャンテに遭遇した夜から、ずっとこの調子なのだ。

 ハオが拙い明るさで振る舞おうとも、話を振ろうと、二人の反応は薄く、双方の目が合うと気まずい空気が流れる。

 それに巻き込まれ、ハオも重い空気を味わう。
 これならば、まだ口喧嘩してくれた方がマシだ。息苦しさに窒息しそうである。

(俺が何したってんだ)

 もう、かれこれ数日この状態。正直泣きそうである。

(クソガキがこんな時にいてくれたら。くそっ、なんでこんな時にいないんだよ)


 もう幾度目になる八つ当たりを抱えていると、上流の向こうからすすり泣く声が聞こえた。悲痛な声がまじるそれは、子どもの泣き声だろうか。

 先へ進むと、川の側で幼子が十四、五の少年の傍で膝をついていた。
 幼子は倒れている子どもの体を必死に揺すり、衣で汚れた顔を拭っている。少年は気を失っているようだ。こめかみから血を流し、ぐったりと四肢を投げている。

 あれは兄弟だろうか。それにしては、子どもらの顔が似ていない。近くに親もいなさそうだ。みなしごだろうか。

 思考を巡らせていると、ティエンが早足で子どもらの下へ向かう。

 関わっている場合ではないのに、意思を宿した彼の足は止まることはない。普段はやたらめったら人を避けるくせに、彼は子どもらの前に立つと、そっと声を掛けた。

「それはお前の兄か?」

 ああ、なるほど。
 離れ離れになったユンジェと、幼子が重なったのか。ハオはカグムと視線を合わせると、遅れて子どもらの下へ向かった。
 

 一方、声を掛けたティエンは、恐怖に震える幼子に目を細めていた。
 幼子は青い顔でティエンを見るや、転がっている石を拾って、弱々しく投げつけてくる。あっちに行けと、近寄るなと、虫の羽音のような声で威嚇し、倒れている少年に縋った。守ろうと必死であった。

「お兄ちゃん。お願いっ、ひとりにしないで」

 気を失っている少年は、おおよそ幼子の家族なのだろう。
 孤独になりたくない幼子の気持ちが痛いほど分かるティエンは、頭陀袋を地面に下ろすと、片膝をついて幼子と目線を合わせた。

「怪我を診せてくれないか。このままだと、傷から菌が入って、お前の兄が死んでしまう」

 ひっ。幼子は絞り出すような悲鳴を上げた。死の意味を分かっているのだろう。

 それでも、少年から離れる様子を見せないので、よほど幼子にとって大切な人間とみた。

「いいから離れろ。このままじゃ何もできないだろうが」

 荒々しく幼子を抱き上げたのはハオであった。

 彼は邪魔だと文句垂れ、暴れる幼子をカグムへと放る。大層、口と態度は悪いものの、少年の傷を診てやるつもりなのだろう。
 手早く衣の帯を解いて、傷の具合を確認している。ティエンはハオの助手を務め、包帯や乾燥した薬草を取り出し、治療の準備をする。

 最初こそ暴れていた幼子も、少しずつ大人しくなり、カグムの傍で治療を見守り始める。

「左腕が折れているな。頭の傷や体中の擦過傷からして、高い所から落ちた。もしくは崖から滑り落ちた、だろうな」

「助かるのか?」

 ハオは眉を寄せる。

「頭部にどれほど打撲を受けているかによります。傷は深くありませんが、打ち所が悪ければ……」

 ティエンは気を失っている少年を、そっと見下ろす。

 幼子のためにも、少年には生きてもらいたい。どうか、幼子を独りにしないでやってほしい。孤独は傷の痛みよりも、ずっと苦しくつらいものだから。

 丁寧に顔や腕の汚れを、布で拭っていると、少年からうめき声が上がった。