荷車を囲む兵士の数は、少なくとも五はいる。一人でも相手にできるか分からないのに、子どもの自分達が五人も大人を相手にできるはずもなく。
歯がゆい気持ちで見守る間にも、兵士が泣きじゃくる子どもに暴行を加える。
泣き声が耳障りなのか、それとも言うことを聞かない子どもの態度に腹を立てているのか。やたら声を凄ませて、容赦なく槍頭で叩いている。
子どもらはみな縄で縛られ、身動きが取れないというのに。
仲間内で「やりすぎだ」と、行いを咎める声が聞こえるが、暴力を振りかざす兵士は執拗に子どもを槍頭で引っ叩いた。まるで積もりに積もった鬱憤を晴らすかのように。
なんて醜く、大人げない姿なのだろう。ユンジェは眉根を寄せた。あの子どもらに何の恨みがあるのだ。あの兵士。
「くそがっ。抵抗できない奴らを、あんなに殴るなんて」
兵士の理不尽な振る舞いに、サンチェは怒れた。
体を小刻みに震わせ、下唇を噛み切った。血が出てもなお、唇を噛み締め、次の瞬間、木から飛び下りた。止める間もなかった。
着地と同時に、サンチェは子どもらに暴行を振るう兵士の顔面に松明棒を振り下ろした。
不意打ちの一撃は兵士の槍を掻い潜って、輩に白目をむかせ、前歯を折り、鼻を曲げた。松明棒が半分に折れたので、その威力は生半可なものではないだろう。
なおも、松明棒を隣にいた兵士に投げ、輩の持っていた槍を拾っていたので、サンチェはよほど頭に血がのぼっていると言える。
本当にばかな奴だ。
己の身の危険も顧みず、感情のままに兵士に折檻を与えるなんて。黙って子どもらを見送れば、我が身の安全は約束されただろうに。
そして。加担しようとする自分も、大概でばかなのだろう。
ユンジェは腰に下げていた目つぶしを回し、荷車に繋がれた馬に向かって、それを放る。塩と砂がまじった、お手製の目つぶしはそれなりに威力がある。一頭の馬が驚き、立ちあがれば、もう一頭も立ち上がる。結果、二頭とも暴れ出す。
馬を落ち着かせるために、二人の兵士が手綱を引いた。
力強く引いても、馬は暴れるばかり。おおよそ、塩と砂の目つぶしの痛みと、急な攻撃に興奮しているのだろう。
サンチェが不意打ちで殴った兵士を差し引けば、残り二人。やれないことはない。
ユンジェは腰に巻いていた布をほどき、持ち物から草縄を取り出す。
それを繋げて結び、足元の太い枝に巻きつけた。自分の存在に気づいた兵士が木に近づいたところで、勢いよく木から飛び下りる。
草縄を握り締め、その身を振り子のようにして飛び下りれば、己の体重と加速の勢いで、体躯のある兵士でも押し倒せる。
見事、兵士を押し倒すことに成功したユンジェは懐剣を抜き、掴みかかる腕に深く突き刺した。
聞こえてくる悲鳴を振り払い、一目散に荷車へ乗り込む。
「大人に売られる前に逃げろ。いいか、死ぬ気で逃げろ」
呆けている子どもらの縄を懐剣で切り、背中を押して半ば無理やり荷車から下ろす。状況が呑めたのだろう。
子ども達は泣きながら、顔をこわばらせながら、ある者は森へ、ある者は里の中へと散っていく。みな、生き延びるために必死に逃げていた。
と、ユンジェは荷車に残された幼女を見つける。
どうすれば良いか分からず、戸惑っている幼女は見た目最年少。年は五つほどだろうか。物事に対する判断力が乏しい年頃ゆえ、逃げるという行為が分からずにいる様子。
ユンジェは迷わず幼女を腕に抱くと、一緒に荷車から下りた。
「あっ!」
幼女が頭上を指さす。振り返れば、馬を宥めていた内のひとりが、ユンジェの背後に回っていた。その手には槍が握られている。
「伏せろ、ユンジェ!」
サンチェの怒号に合わせ、ユンジェは幼女の頭を抱えて身を伏せる。槍を持つ彼は正確に兵士の喉仏を槍頭でつき、大人の兵士を伸した。
しかし。まだ大人達を全員伸したわけではない。