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 闇夜が深まり、幼子らが寝静まる。

 洞窟の奥の隅で外衣をかぶり、腹痛で寝込んでいるトンファに引っ付いて眠っている姿は可愛いものの、表情は少しさみしそうだ。
 まだ親恋しい年なのだから、さみしい、と思っても仕方がないだろう。

 十で(じじ)を喪ったユンジェにとって、十よりも下で身寄りを喪った幼子らにはひたすら哀れみの心を向けてしまう。

(ガキ達は暗いところが怖いのか? やたら蝋燭の火が焚いてある)

 点々と灯っている蝋燭の数の多さには目を瞠ってしまう。いくら子ども達のためだとはいえ、勿体ないとは思わないのだろうか?

 さて。そんなユンジェは、たき火の前で小道具を作っていた。

 サンチェ達に襲われ、使ってしまった目つぶしや草縄や草紐を補給するため、洞窟にある物をいくつか頂いて、物を拵える。塩や布を貰ったので、砂だけの目つぶしや、草の縄や紐よりもずっと良い道具が作れそうだ。

 布を裂いて、しっかりと捩じり、紐を編んでいると、真横から湯気だった器を差し出された。
 顔を上げれば、気の優しい面持ちをしているジェチが差し入れだと言って、それをくれる。器の中身はハチミツ湯だそうだ。

「いいのか? もらっても。ハチミツなんて貴重だろう?」

「君にできる、精一杯のお詫び。受け取ってもらえると、僕も嬉しいよ」

 ユンジェに対して初めてお礼とお詫びを言ったのも、ジェチだった。
 感謝やお詫びを言える人間は、とても礼儀正しい。だから、ジェチは礼儀正しい人間なのだろう。

 ユンジェは笑顔で器を受け取る。隣に座っても良いか、と聞かれたので、大丈夫だと返事する。そうして、彼とハチミツ湯を飲みながら、静かにたき火で暖をとった。

「サンチェは?」

「洞窟の側の木の下で、松明棒を振り回しているよ」

 つまるところ、稽古をしているらしい。そういえば、警備兵の息子で剣を習わされていた、とか言っていたような気がする。

「一応、ここの(かしら)だから、少しでも腕を上げておこうと思っているんじゃないかな。実際、あいつが一番腕っぷしもあるし」

 確かに。ユンジェが三人に襲われた中でも、彼は格段に強く足も速かった。それだけ、稽古を積まされていたのだろう。一対一だと正直、勝てる気がしない。

「ユンジェは紐を編んでいるの?」

「そうだよ、よく分かったな」

「形を見ればなんとなく分かるよ。ユンジェは手先が器用だね。それに知識も豊富だから、驚くよ。僕も学び舎では頭が良かった方なんだけど……今はちっとも役立たないや」


 苦い顔で笑うジェチは、文字や数の計算ができても、何も役立たないと肩を落とす。

 しかし。ユンジェは必ず、役立つ日が来ると励ました。

 ユンジェはそれらができないせいで、何度も悔しい思いをしている。損な目に遭っている。

 今だって少しの文字と数の計算はできるものの、この程度の知識で物売りをしても、頭の回る商人に言い包められるだろう。それくらい学びは大切なのだ。

 ユンジェは生まれてずっと、畑仕事ばかりしてきた。
 なので、学び舎というものに通ったことがない。暮らしに余裕があれば通ってみたかった。そう、何度も思った。

「たぶんさ。生きる術と学びの知識ってのは、両方持っておかなきゃいけないと思うんだ。片っ方だけじゃ、俺やジェチみたいに苦しい思いをすることになる」

 だから。学んだことは学んだこととして、大切にしていて良い、とユンジェは考えている。ティエンだって国の政や計算はできても、生きる術は何も持っていなかった。

 そんな彼が今では両方の知識を兼ね備え、あそこまで成長している。やっぱりどちらも大切で、どちらも持っておくべきものなのだ。
 ジェチに言うと、彼は笑いながら相づちを打ってくれた。同調してくれたようだ。

「ねえ、ユンジェ。ひとつ、僕からお願いごとを聞いてほしいんだ。それの編み方を教えてよ」

「それって……紐の編み方か?」

「うん。僕の腰紐がもう切れそうでさ。自分で作り直せたら楽じゃない?」

「それはべつに構わないけど」

「もちろん、タダとは言わないよ。僕が唯一、持っている生きる術を教えてあげる。ユンジェ、疑問に思わない? こんな暮らしなのに、洞窟の奥を見ると、蝋燭の火があっちこっちに点いているの」

 それはユンジェも疑問に思っていた。蝋燭は安価なものではない。いくら盗んだとしても、数に限りがあるだろう。

「あれは、僕がハゼの実から作っているんだ」

「ジェチ、蝋燭を作れるのか?」

 目を輝かせるユンジェに、ジェチは何度も頷いた。

「うん。この森にはハゼの木があるから、その実を採ってね。ハゼの実に含まれる油脂は、蝋燭の成分と同じなんだ。その作り方をユンジェに教えるよ。誰にでも簡単にできるし、ユンジェは旅をしているんでしょ? 絶対に役に立つと思うんだけど」

 ジェチは椿油屋の息子だったそうだ。
    
 椿油のことは当然、他の油のことにも詳しいのだという。蝋燭の作り方を教える代わりに、紐の編み方を教えてほしい、と頼んでくる彼の交渉を断るばかはいない。

 ユンジェは喜んで交渉を成立させた。
 彼の言う通り、蝋燭を自分で作れるようになれば、銭の節制にもなり、過酷な旅にもゆとりが出てくる。これ以上にない、最高の交渉だった。