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「見渡す限り、木ばっかり。どうすっかな」


 さて。天降(あまり)ノ泉を目指すため、夜明けと共に出発したユンジェは、早々壁にぶつかっていた。
 泉までの道順が分からないのである。昨晩は道具作りや弁当を拵えていたので、考える余裕がなかったが、これは根本的な問題である。どうやって天降(あまり)ノ泉まで行こうか。

「今までは、地図の読めるティエンやカグムに任せっきりだったからなぁ。泉のかたちも見えてこねーや」

 木登りで周囲の地形を観察するユンジェは、闇雲に歩き回れば回るほど、森で迷子になるだろうと判断。地上に飛び下りると、自分の荷物を改めて確認する。

 まずは、三日ほど森を彷徨う可能性があると考え、逆算して拵えた保存食。
 主にジャグムの実とカエル肉だ。塩がないので、肉の方は保存が利かないのが難点。今日のうちに食べてしまわなければ。
 前半は肉ばかり、後半は実ばかりの食事になりそうだ。これらは葉に(くる)んで、(つた)で縛っている。

 次に道具類。ユンジェが得意としている、草で編んだ縄や紐が数本。先端を研いだ枝が五本。数個の小石に、大きな葉っぱが三枚。
    
 とにかく使えそうなものは拾っておき、道具として作れそうなものは作っておいた。
 一見、役立たなそうなものでも、いざという時に役立ってくれる時が来るかもしれない。旅は何があるのか分からないのだから。


 勿論、護身の道具も作っている。砂とたき火の消し炭を砕いて作った、お馴染の目つぶし。葉っぱを何重にも巻いて所持している。


 ただ心配なのは、葉を何重にも巻いているので、もし敵の顔面に投げつけても、それが飛び散らない可能性がある。
 本当は布を使いたいところだが、ユンジェは布を一枚しか持っていない。その布は道具を(くる)むのに必要なので、とても重宝している。代用は葉っぱしかなかった。

 投てきも作っている。

 しかし草紐の両端に石を結んだ簡単なもので、実のところ、あまり頼れる物ではない。そこらへんの草を刈って編んだ紐なので、稲わらで編んだ紐よりも引き千切りやすい。子供だましになりそうだ。まあ、無いよりマシだろう。

天降(あまり)ノ泉まで無事辿りつけっかな。こんな準備で」

 ユンジェと言えば当然、懐剣が武器となるが、これはあくまで、懐剣の所持者であるティエンを守るためのもの。

 彼の身に危機が迫らない限り、ユンジェは力を発揮しない。懐剣任せだと痛い目に遭うのは、身をもって経験済みなので、出来る限り自分の力で何とかしていこうと考えている。

(近くに村落があったら、生活物資の補給もありだな。金貨もあることだし)

 道具らを布に包むと、護身の道具は帯に挟み、太い枝に結んで肩に掛ける。準備は万端だ。後は天降(あまり)ノ泉の道順をどうするか、であるが。

 ユンジェは少し前に、立ち寄った宿屋のことを思い出す。たしか天降(あまり)ノ泉の話はそこで聞いたっけ。

 宿屋の娘らは言っていた。


――天降(あまり)ノ泉は川多き青州の水の源と云われており、天上におわす麒麟の憩いの場。それは天を翔け、地上を見守る麒麟が一休みするため、一粒の涙を落として出来た泉。やがて枝分かれし、数多の川となって海に繋がったと伝えられている、と。


「麒麟の涙が泉になって、枝分かれ……数多の川になって……海に繋がった」


 もしこれが本当なのであれば。
 ユンジェは荷がぶら下がっている枝を持って出発する。昨日(さくじつ)しるしを付けておいた木を辿って川へ出ると、迷うことなく上流を目指した。

 その川はユンジェが身を投げた、あの大きな川ではなかったが、それなり流れは速く、魚がおり、水はとても澄んでいた。


(青州の川は天降(あまり)ノ泉が源になっているらしいから、きっと上流に向かって行けば、目的地に着く。宿屋で聞いた話が本当ならさ)


 駄目であれば、また考え直そう。

 どちらにしろ、川沿いを歩くことはユンジェにとって、とても得のある話であった。

 なにせ、今のユンジェは皮袋を持っていないので、飲み水を所持することができない。ゆえに喉の渇きはここで解消できる。心配事が一つ減る。
 それはユンジェの精神を安定させることにも繋がった。

(ティエンの奴。ちゃんと飯食ったかなぁ。熱は下がったかなぁ。ひとりで眠れたかなぁ。あいつのことを考えると、心配が尽きそうにねーや)

 なにぶん、ティエンはユンジェの兄として精神面を支えてくれることが多い反面、幼い部分もたくさん目立つ。
 とても辛抱嫌いなので、些細なことで癇癪を起こし、カグムと喧嘩をしているやもしれない。

 まあ。カグムならば、そんなティエンに真っ向から反論するので心配はしていないが……。

(……ハオ。頑張れ)

 ユンジェは遠い目を作り、心の底から同情の念を抱いた。彼のためにも早いところ、天降(あまり)ノ泉を目指そう。