「なんだよ。また置いていくとか、くだらないことを考えているのか?」
だったら心外だと不貞腐れるユンジェに、「違うよ」とティエン。向けてくる眼は、どこまでも優しい。
「ユンジェは本当に私の意思を尊重してくれるんだな、と思ってな。同じことを周りに言えば、血相を変えて止めてくるだろう。やりたくもない椅子に座らせ、国を統べろと言うに違いないから」
周囲に人がいないことを確認し、ティエンが小声で苦く笑う。
確かにカグムやハオが聞けば、王族なのだから王座に就き、国を動かせだの、統べろだの、一方的に言い包めそうだ。彼らの気持ちが分からないわけでもない。
先方、目にした戦や死者を目にしたら、天士ホウレイを筆頭に国に逆らう者が出てくるのも頷ける。
ユンジェ自身、王族の中で次の王は誰が良いか、と聞かれたら、即答でティエンの名を挙げることだろう。
けれども。ユンジェは国の味方になるつもりはない。あくまで、ティエンの味方につくつもりだ。
ゆえに、彼が王座を拒絶しているのであれば、その気持ちを受け入れるだけ。
「ティエンがもし嫌だって言うなら、俺はお前と全力で一緒に逃げる。反対にティエンが、やりたいって言うなら、俺はお前のために全力で道を作るよ」
ただ、ひとつ心配事がある。
「なあティエン。黎明皇って知ってるか?」
「黎明皇?」
芒果布丁(マンゴープリン)を食べていたティエンの手が止まる。聞いたこともない、と返事する彼は、ユンジェの浮かない顔に気付き、話してくれるよう促す。
「それは私に関わることなのだろう?」
ひとつ頷き、ユンジェは千切った麺麭(パン)を練乳に浸さず、そのまま口に入れる。
「セイウが教えてくれたんだ。麒麟の使いは王を導く存在。時代を終わらせる者。それに導かれた王族は王の中の王、黎明皇と呼ばれる者なんだってさ」
ひとつの時代を終わらせ、新たな時代を切り開く王を導くため、麒麟は使いを寄越す。
ユンジェは見事にそれに選ばれ、ティエンの懐剣として、こんにちを生きている。もしかすると彼は王の中の王、黎明皇になるやもしれない。
「俺が傍にいると、ティエンは嫌々王座に就くかもしれない……」
旅に出た当時のユンジェとティエンは、新しい居場所と家と土地を探すため、平穏な暮らしを掴むため、あてもなく麟ノ国を歩き始めた。
あの時は天士ホウレイの追っ手も、クンル王の放った刺客も振り払い、遠い地で一緒に生きようと思っていたのに。
気付けば、カグムやハオと玄州を目指している。これも麒麟の導きだろうか。それとも、自身のお役のせい? ユンジェは判断しかねた。