頭を抱え、身を伏せていたユンジェは、その威力に息を呑みつつ、傍にいるティエンに声を掛ける。

「ティエン大丈夫か? 怪我していないか?」

 彼は何度も頷いた。

「私は大丈夫だ。しかし、恐ろしい音と風だったな。まるで、天の怒りに触れたような荒さを感じたよ」

 近くにいたカグムとハオに無事であるかを尋ねるも、二人から返事はない。その代わりに素早く身を起こして、外の様子を見ていた。負傷は逃れたようだ。

 ハオが力を込めて舌打ちを鳴らす。いつも寄せている眉間の皺が、一段と深く刻まれていた。

「今のは火薬筒(かやくとう)じゃねえか。くそっ、戦でも始まったのか? しかも、あの兵色は青州と白州の王族兵。なんで白州の兵が青州にいるんだ。また来るぞっ!」

 合図と共にユンジェとティエンは頭を下げ、カグムとハオは木窓から離れて伏せた。恐ろしい音が小さな家屋を見たし、そこを震わした。
 今まで火に囲まれたり、崖から落ちたり、色んな恐怖を味わってきたが、これはまったく新しい形の恐ろしさであった。

 廊下側から音が聞こえた。
 兵が入って来たのだろう。物を倒す音や、金属音のぶつかる音から判断するに、兵どもはこの家屋を戦う場にしたようだ。

 狭さなどお構いなしのようで、兵は扉を蹴破るや、そこへ逃げて体勢を立て直す。
    
 ユンジェ達に目もくれない兵は、すぐ後を追って来る兵と剣をぶつけ合い、死闘を繰り広げた。

「外に出ろっ! 巻き込まれるぞ!」

 カグムの一声により、ユンジェはみなと共に壊れた木窓から外へ出る。

 室内から悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、利き手を切り落とされた人間の姿。血まみれになっても、なお残った手で剣を持っていた。
 己の死など顧みず、敵に突っ込んでいる姿から、あの兵は相討ちに持っていくつもりなのだろう。その姿が痛々しかった。

 外はきな臭かった。
 細かな砂埃が待っているので、なるべく布を深くかぶって目を守る。塀に身を隠して、敷地の外を窺うが、どこもかしこも兵士ばかりだ。

 四方から怒号が飛び交う。

「第一王子リャンテを討て。あれは我が捜索の兵らをつけ回した挙句、奇襲して壊滅させた。妨害をした。王族であろうと、問題を起こすものであれば斬って構わないとのことだ」

 八方から命令も飛び交う。

「リャンテさまを守り、青州の兵らを討て。第一王子リャンテさまに剣を向けるなど、無礼講にもほどがある。第二王子セイウの兵など恐れるべからず」

 大人達の顔色が強張る。第一王子リャンテがこの戦にいる、ということが、信じられないようだ。

「うそ、だろ。リャンテさまの噂は聞いていたが、まさか本当に自ら戦に出向く方だとは。ここ、青州だぜ? 不仲なセイウさまが任された土地だぜ? なのに、戦に身を投じるのかよ」

 なんて獰猛な王子だ。ハオが恐れおののく。

「さらにリャンテさまは、白州の兵に引けを取らない剣の腕前らしい。なんでも将軍並みだとか。鉢合わせたら厄介だぞ」

 カグムが小さく唸る。

「リャンテ兄上は、父クンル王の性格に酷似している。その気性の荒さは王族一とも言われ、王族内でも恐れられている。覚悟はしていたが、早く再会する日がくるなんて」

 ティエンの苦言が、火薬筒の破裂音によって掻き消された。近くでそれが使用されたのだろう。肌に空気の震えが伝わってくる。

 ここにいては、またいつ火薬筒が投げられるか分からない。

 かと言って、通りの広い場は混戦となっていることだろう。

 カグムは家屋の裏に回り、狭い道から別の家屋に移ると指示した。
 火薬筒が使用されている以上、無暗に外を出歩かない方が良い。下手すれば、破裂に巻き込まれ、深い火傷を負いかねないとのこと。

 先頭に回るカグムはハオに最後尾を任せ、塀細心の注意を払いながら塀伝いに別の家屋を目指す。
 その際、各々深く布をかぶって顔を隠した。兵士らに顔を見られては面倒事になる。