位置が反対ではないだろうか。これではティエンを守れない。そう訴えるも、カグムは言うことを聞けと強く命じる。
「ユンジェが王族を討てないのは、セイウさまの一件で分かっている。もし、ここに来る相手がセイウさまだったら、下僕のお前は飛び出すかもしれない」
次、ユンジェを奪われても、この人数では歯が立たないとカグム。
最悪の事態を回避するため、所有者のティエンに壁となってもらうとのこと。
ユンジェは反論したい気持ちを必死に嚥下する。正直、王族相手だと成す術がない。それで痛い目に遭っている。
対照的にティエンは、納得している様子。深く布をかぶると、ユンジェの頭にも布をかぶらせ、肩に掛けている短弓を手に持った。
「お前を誰にも渡してなるものか。血は繋がってなくとも、私にとって、ユンジェはたった一人の兄弟。守り抜くよ」
「ティエン……」
「爺さまの分まで、私が傍にいる。だから安心しなさい。ユンジェはもう独りにならないよ。今日も明日もこれからも、それこそ墓まで一緒にいるよ」
あっけらかんと笑うティエンに面喰ったユンジェは、「俺より弱い癖に」と、口を尖らせてそっぽを向いてしまう。見え見えの照れ隠しであった。
その隣でカグムとハオが、神妙な面持ちを作っている。
「カグム。今のティエンさまの言葉、訂正してやるべきじゃねーかな。すごいこと言っているぞ。墓まで一緒って……意味分かってるのか?」
「ティエンさまのあれは純粋なものだ。あの方は女性と接したことはあれど、恋慕とは無縁の生活を送られていたからな」
「いやでも、墓まで一緒って。無知のままにしておくのも、ちょっとまずいんじゃねえか? 麟ノ国の王子だぜ?」
「……はあっ、教えてやるべきかなぁ」
墓まで一緒には、深い意味があるらしい。
ユンジェにはその意味が分からなかったが、ティエンの気持ちは嬉しかったので、自分も墓まで一緒にいると返事しておいた。
ティエンは大喜びで頷いたが、カグムとハオは始終、物言いたげな顔をしていた。聞かぬが花だろう。ユンジェは敢えて、何も触れなかった。
かすかに音が聞こえてくる。
亡びた町に響く音は馬の蹄であった。恐れる災いはもう近くまで迫っているのだろう。
音を聞き、カグムとハオが木窓の両側について、片膝をついた。
腰に差している剣に手を掛けつつも極力、身を隠してやり過ごすとのこと。
狭い家屋を選んだのも、見つかりにくい点と、剣を思いきり振り回せない点があるためだとか。
確かにユンジェ達のいる部屋は狭いので、槍や刃の長い剣を振り回すと、壁に当たって動きにくそうだ。
ユンジェも懐剣の柄を握り、もしもの時に備える。少しずつ呼ぶ声も強くなった。声なき声がユンジェを求めているので、セイウの顔が脳裏に過ぎる。主君の彼だけは来てほしくない。
「ティエン。俺の名前、ユンジェで合っている?」
不安になったので、ティエンに名前を確かめる。彼は優しい目で頷いた。
「ユンジェは、とても気品溢れた名だ。リーミンよりも、ずっと、ずっとな」
「そっか、なら良かった。ユンジェって名前は、死んだ父と母が付けてくれてさ。顔も声も知らないから、名前を形見にしているんだ。笑うか?」
「ああ。微笑ましくて、ほっこりと笑ってしまうよ。形見なら大切にしないとな。忘れそうになったら、いつでも聞きなさい。その度にユンジェの名前を呼ぶから」
それから、どれほど息を潜めていただろうか。
身を強張らせ、その時を待っていると、雄叫びが聞こえてくる。
やがて声は声を呼び、怒号がまじり、悲鳴と断末魔が加わる。家屋にいるにも関わらず、地響きを感じた。
それだけではない。
鼓膜を破るような、恐ろしい音がユンジェ達を襲う。その音と外の様子を見たハオが血相を変え、全員に伏せろと指示した。
間もなく半開きの木窓の向こうから、凄まじい音が聞こえ、木窓から火花や石、木の破片が飛んでくる。