それからしばらく、誰も口を開かなくなる。各々思うことはあれど、それを表に出すことはない。無言で椿ノ油小町を抜けるため出口を目指す。
「国が町を見捨てなかったら、ここはまだ生きていたのかな」
前を歩くカグムとハオの背を見つめながら、ユンジェは重い口を開く。誰かに投げかけた疑問ではなかったのだが、それは前方を歩くカグムが答えてくれた。
「どうだろうな。国は人なんぞ救わないだろうからな」
「どういうこと? 国は人を救わないの?」
「少なくとも、俺はそう思っているよ。国は人を統制しても、それを救うことはしない。国にとって人は資材にしか過ぎないんだ」
国は人びとによって支えられ、保たれている。
多くの民を持てば持つほど、資材は増え、国は豊かになっていく。暮らしが楽になっていく。
ゆえに国はたくさんの民を持ちたがる。力のある民には、それなりに報酬を与え、より国に貢献していくよう促す。
「その恩恵にあやかっているのが貴族や王族だな。平民より、良い暮らしを送っている」
反対に力のない民は見切られることが多い。国はこう見解している。貧困に苦しむ者、弱い者達にお前達は怠慢な人間だと。
とりわけ、それの対象になっているのが農民だ。
「怠けていないよ。農民はみんな必死こいて働いているよ」
「分かっているさ。でも国ってのは薄情なんだよ。国に都合の良い税とか、必要な兵力とか、国の問題に関しては積極的に声を掛けてくるくせに、民の問題になると、すぐに冷たくなる。仕舞いには自分達で何とかしろとか言い腐る」
どうしようもないから、と国に頼ったところで、怠慢だの努力不足だの言い放つばかり。だから国は人を救わない。カグムは断言した。
「国が人のために何かするときは、人のためじゃなく、国のためだ。見捨てられた町は、国にとって、救済に値する資材にならなかったんだろう」
ユンジェは悲しい気持ちになる。そんな基準で救うかどうかを決められるなんて。
「これが今の麟ノ国だ。王が変われば、国も変わってくるだろうが……クンル王の時代は希望が持てないと思うぜ。平民の多くがクンル王に不満を抱いているしな」
そのために、麒麟の使いが今の時代に現れたのだろうか。
セイウの言葉を思い出す。
彼は言っていた。
使いの出現は、新たな時代の兆し。それは時代を終わらせる者とも、流れを変えるための者とも、国を決壊させる者とも云われている。
国を亡ぼすのか、それとも国を変えるのか、はたまた国を創るのか。それは選ばれた王族次第。
麒麟の使いのユンジェはいずれ、次の王となる王族に仕えるだろう。
そして、その王族を王座に導くことになるだろう。黎明期に君臨する王。王の中の王となるそれを――黎明皇と呼ぶ。
大それた話を思い返し、半信半疑になってしまう。あれは本当だろうか。
(けど俺、王座の導き方なんて分かんないぜ。仮にそれが本当の使命だとしても、ティエンを黎明皇にするわけにもいかないし。かといってセイウを王座に導くのは癪だし)
隣を盗み見ると、見事にティエンと視線がぶつかった。
慌てて逸らすも、「ユンジェ?」と、声を掛けてくる。まずい。こういう時の彼は本当に察しが良いので、ユンジェの気持ちをなんとなく察してくる。
「なんでもないよ」
握ってくる手が強くなったので、ユンジェは心苦しくなる。追いつめられている気分だ。
次の瞬間のこと。
全身に強い衝撃が走り、動かしていた足が石のように固まってしまう。鼓動が高鳴った。嫌な汗が噴き出す。危うく、ティエンの手を握り潰しそうになった。
来る。何かがこっちに来る。所有者に災いが降りかかる。
「カグム、ハオ。そっちは駄目だ!」
その一声は亡んだ町に響き渡った。足を止めて振り返るカグムとハオに、三度駄目だと伝え、ティエンの手を引いて踵返す。
本能が警鐘を鳴らしている。何が、何が来るのだ。王族の兵か。
「うそだろ。こっちからも何か来る」
来た道を戻っていると、向こうからも嫌なものを感じた。たたらを踏み、体をつんのめらせるユンジェは、その災いの大きさと恐ろしさに、思わず後退してしまった。
「なんだ。向こうから来るあれ。前から来るやつよりも、すごく怖い。なによりっ、声が聞こえる。俺っ、誰かに呼ばれている」
この感覚はそう、セイウの懐剣と似たものを感じる。ユンジェが悲鳴交じりの声を出したことで、周囲の表情が強張った。
ハオが息を呑み、確認を取ってくる。
「お、おいおい。それってまさか。懐剣を持つ王族が近くにいるってことかよ。セイウさまか?」
「分からないよ。でも、すごく嫌な感じがする。陶ノ都の時と、とても似ているんだ」
来た道を戻ることも、町を抜けるために向かっていた出入り口に向かうことも、ユンジェは嫌がった。
両方選べないほど、どちらも危険だと訴えると、カグムが一つ頷き、こっちだと先導を切った。
彼は石造りの家屋を観察し、比較的小さな家屋に目を付けると、無遠慮に戸を蹴り飛ばして中に入った。
中は荒れ放題であったが、そんなことお構いなしに奥の部屋に入ると、カグムはユンジェとティエンを木窓の四隅に追いやった。
そして。ユンジェを角に座らせ、その前にティエンを置く。
ユンジェは驚いてしまった。