「宜しかったのでしょうか、セイウさま。リャンテさまに竹簡を出して」


 リャンテの応接を終えたセイウは、真っ先に湯殿に入り、その身と髪を清めていた。
 着ていた衣は従僕らに処分しておくよう命じ、新しい衣を用意するよう言いつける。ああもう、あの男と会うと、何もかもが汚らしく思えてならない。

 二の腕や足を洗う従僕達を一瞥した後、セイウは湯殿の出入り口で見張っている近衛兵の疑問に返事した。

「ええ。どうせ、許可するまで帰らなかったでしょうからね」

「リャンテさまの兵が青州の地をうろつかれると、たいへん目障りになりますね。向こうの兵は気性が荒いので。私は白州の兵と気が合いません」

 声が不快帯びている。気持ちはとても分かるので、セイウは苦笑した。

「母上にお願いして、こちらの手数を増やしてもらいますよ。許可こそ出しますが、そう簡単に自由は利かせません。お前は気にせず、リーミンを探すよう将軍や兵達に伝えなさい」

「僭越ながら、このチャオヤン。主君の貴方様にお願い事がございます。向こうが問題を起こしたら――身分問わず斬って構いませんか?」

 セイウはきゅっと口角をつり上げる。

「無論。好きにしなさい。どんなことがあろうと、私が揉み消して差し上げますよ」

「身に余るご厚意、感謝いたします」

「しかし。お前の願い事は、いつも謙虚なものばかりですね。たまには物をねだったらどうです? チャオヤンの願いであれば聞きますよ」

「物、ですか?」

 途端にチャオヤンが困った声を出す。宝石でも、黄金でも、織物でも、好きな物をねだればいい。助言してやると、彼は唸った。

「それらはセイウさまをお守りできませんので、私には必要ないかと……ああ、靴底がすり減ってきたので、もしもねだって宜しいのであれば、靴をお願いしたいです。底がすり減っていては、もし貴方様に何か遭った時、速く走ることができませんので」

 セイウは目尻を和らげた。

「お前のそういうところは嫌いではありませんよ。その忠誠心は、いつ見ても美しい」

「美しくも何もございません。私は当たり前のことを申し上げているだけですよ。このチャオヤンの主君はセイウさま、ただ一人ですので」

 どこまでも堅物で、謙虚な男である。だから、セイウはチャオヤンを近衛兵として置いているのだ。

 石の大浴場の縁に寄り掛かり、濡れた髪を指に絡ませながら、セイウは言った。

「チャオヤン。私の近衛兵である以上、常に美しくありなさい。いいですね、少しの汚れも許されませんよ」

 汚れていい時は、剣を振るっている時のみ。

「私は汚い物など見たくないのです。傍にいる置く者は誰も彼も美しくなければ。懐剣のリーミンも然り。近衛兵を務めるチャオヤン、お前も美しくおありなさい」

 間髪容れず、チャオヤンは答えた。


「仰せのままに。我が主君」