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麟ノ国第二王子セイウは南の紅州より、ここ東の青州宮殿に戻って早々応接に追われていた。
その手には竹簡が握られており、連なる紐が切れている。これはセイウが故意的に引き千切ったものであった。
回廊を歩く彼は、それを持つのも疎ましくなり、さっさと端へ投げ捨てる。
後ろを歩く従僕らが慌てたように竹簡を拾うも、セイウはそれを燃やすよう命じた。美しい宮殿に汚らしい竹簡を置くなど我慢できないと言い放つ。
「チャオヤン。あれはもう、応接室にいるのですか?」
後ろを歩く近衛兵のチャオヤンは、苦い顔で頷いた。
「許可なくお通しできないと申し上げたところ、宮殿を戦の地にしたいのかと、強く返されまして。申し訳ございません」
「お前のせいではありませんよ。あれが人の話を聞く男であれば、私も苦労なんぞしていません。宮殿を汚されるのは、癪ですからね。あれが私の兄なんておぞましい限り」
とはいえ、あれの行動力には目を瞠るものがある。
噂を聞きつけ、使いを寄越すとは思っていたが、まさか本人直々に乗り込んでくるとは。
相変わらず、怖いもの知らずの無骨男だ。
よほど先を越されたことに、思うことがあるらしい。知ったことか。麒麟の使いは早い者勝ちだ。
たとえ、すでに所有者がいたとしても、あれはセイウが物にした。そう――あの子どもとセイウは、天の儀を終えた主従関係なのだから。
形の良い唇を持ち上げ、セイウは応接室の大扉を通る。
従僕や侍女、そして兵が頭を下げてきた。そんなものには目もくれず、最高級の金銀糸を使った織物の上で寛ぐ男、麟ノ国第一王子リャンテに冷たい眼を送る。
その男は眉目秀麗な容姿をしており、長い赤茶の髪はセイウと同じように一まとめにして、簪で留めている。
切れ目は鋭く、向けてくる眼光は血気が盛んなことがすぐに分かる。
臙脂の絹衣に身を包むそれは、無遠慮に胡坐を掻き、持参している果実を丸かじりしていた。
なんて美しくない、野蛮な食べ方だろうか。セイウは袖で口を隠し、軽蔑してしまう。
「よお。セイウ。相変わらず潔癖症だな」
不敵に笑うリャンテは、二言目に従僕や侍女、兵を下がらせろと命じた。応接室に置くのは近衛兵だけで十分だろうとのこと。
「誰に向かって命じているのです。偉そうに」
セイウは冷たく返すと、手を叩き、従僕らを下がらせる。残ったのは各々王子を守護する近衛兵の二人と、セイウとリャンテのみ。
向かい側に座り、片膝を立てるセイウはリャンテの前に置かれている茶を一瞥すると、飲んだらどうだ、とすすめる。
それは紅州産地の最高級の玄米茶。味は保証する、と微笑む。
リャンテが小さく噴き出した。彼は挑発的に鼻を鳴らすと、果実の芯を後ろへ投げ捨てる。
「貴様の宮殿にある物を、誰が口にすると思う? 命を捨てるようなもんだぜ。小細工ばっか仕掛けやがって。ここに来る度に面白いことしやがる」
しごく残念に思う。
それは番茶、玄米と共にドクダケを煮詰めた、最高級の茶なので、飲ませれば、簡単に天上させられるのだが。
(毒蛇も見抜かれたか。ま、そんなもので仕留められる男ではないだろうが)
セイウはリャンテの傍で頭と胴を切り離されている毒蛇を見やり、落胆したように肩を落とした。
「何の用です。私は貴方と茶を交わす仲ではなかったはずですが。竹簡を寄越し、訪問の予告を受け取って半日もせずに、リャンテが来るとは思いませんでしたよ」
しらばっくれるセイウに、リャンテが目を細めて口角を持ち上げる。
「面倒な読み合いはやめようぜ。麒麟の使いに選ばれたセイウさまよぉ」
「負け惜しみを言いに来たのなら、喜んで受け取りますが?」
交わす視線の凍てつく空気に、両側の近衛兵達が身を硬くした。
周囲のことなんぞ、気にも留めず、リャンテは赤い舌で上唇を舐めると、膝の上で頬杖をついた。
「話は聞いてるぜ。愚図の懐剣を抜いたガキが、貴様の懐剣も抜いたって話。しかも一戦交えたそうじゃねえか」
愚図とは第三王子ピンインのことだ。セイウが愚弟と呼ぶのに対し、リャンテはそれの呼び名を愚図と固定している。
「俺だけ蚊帳の外に出すなんざ、貴様らいい度胸だな。一戦交えるなら、俺にも声を掛けろよ。つれねえな」
まこと血気盛んな男だ。
「一戦交えたつもりはないんですけどねぇ。愚弟の力なんぞ、高が知れています」
「の、わりに謀反兵が連れ去ったそうじゃねえか。あの愚図から、使いを奪われたんだろう。情けねえな」
それを聞いた時は腹を抱えて笑ったとリャンテ。
内心、舌打ちをするセイウは、本当に腹立たしい男だと思ってならない。二王子の懐剣が抜かれたにも関わらず、その余裕。腹の底は見えないが、表向きは気にしている様子すらない。
と、リャンテが本題を切り出してくる。
「俺の下に勅令が届いた。我らが君主、クンル王は貴様から麒麟の使いを取り上げたいようだぜ」
懐から竹簡を取り出し、乱雑に紐解いて、セイウの前に広げる。