「実を受け止めるのは、二人でいいよ。一人は俺の手伝いをしてほしいんだけど」
地上にいる大人達に声を掛けると、豆粒に見えるハオが大声で叫んだ。
「ばっきゃろう! そんな高い所、命綱なしでのぼれるか! てめえは猿か、野人か!」
ユンジェはきょとんとした顔で地上を見下ろす。これでも、低いジャグムの木を選んだつもりなのだが。
取りあえず、猿だの、野人だの、散々な言われようには思うことがある。
ユンジェはジャグムの実を掴むと、ハオ目掛けてその身を投げつけた。間もなく、悲鳴と怒声が耳に飛び込んでくるが、舌を出して、もう一個投げつけておいた。
ジャグムの木から降りると、硬い実の皮むきを大人達に任せて、ひとり川の上流へ向かった。
相変わらず、連日の雨で勢いが強い。浅瀬でも、足を取られてしまいかねない勢いだ。慎重にならなければ、あっという間に流されてしまう。
けれど、川の流れが通常よりも速いということは、そこに棲む生き物も、思うようには動けないということ。
ユンジェは靴を脱ぐと、手頃な太い枝を取って、その先端を鋭く削る。あとは浅瀬や岸を歩き回り、岩の下や流木を退かして、生き物の避難所を見つけ出すだけだ。
「ただいま。どう、ジャグムの実は剥けたか?」
「おかえりユンジェ。いま、小分けして湯がいているところだよ」
日暮れと共にたき火の場所に戻ると、ティエンが片手鍋を木匙で掻きまわし、ジャグムの実の様子を見ていた。
カグムとハオはまだ刃物で皮を剥いている。なんだか覚束ない手つきだ。昔のティエンを思い出す。
「ユンジェの方は大漁だな」
「へへっ。川が荒れていたおかげで、魚やカエルの隠れ場所が見つかりやすかったんだ」
布紐に纏めていた獲物を見せると、ティエンにジャグムの実を湯がいたら、今日食べる分以外は葉に包んで火の側に置いておくように指示した。晩飯は二個あれば、十分だろう。
皮を剥いている二人の向かい側で、手際よく細い枝を削り、魚は塩もみに。枝で串刺しにすると、葉の上に置いて調理の下ごしらえをする。
四頭のカエルは捌き終えると、大量に塩をまぶし、しっかりと葉に包んでおく。これは明日の食糧だ。
「ティエン。ジャグムの皮はとってある?」
「ああ。後で煮詰めて絞ると思ってな。捨てずに取っているよ」
その通りだ。ジャグムの実は皮も美味しく食べられる上に、実より栄養が高い。美味しいところは実であるが、体調を整えたい時は皮をかじるといい。油があるから、素揚げしておこう。
休む間もなく、ティエンが湯がいてくれたジャグムの実を布紐で纏め、連なる形で縛る。
後は手ごろな木の枝に吊るし、干し果物の下ごしらえを整えていく。布紐が無くなると、そこらへんの草を刈り、束ねて草紐を編んで代用する。
夢中になっていたせいか、隣で作業を見守るカグムに気付かなかった。
「お前は本当に器用だな。物作りも、食糧調達も、難なくこなせるなんて」
声を掛けられ、ようやくユンジェは顔を上げて、彼に目を配る。
「今度は何をしているんだ? ユンジェ」
面白そうに見守るカグムの問い掛けに、保存食を作っていると簡単に答えた。たくさん作っておけば、しばらくは食糧の心配もなくなるだろう。
でも、じつはどれだけ作れば良いのか分からないのだと苦笑した。
飢えたくない一心で作っているものの、大量に作るとなると、それだけ食糧が必要になる。
二人分なら、なんとなくの感覚で作れるが、四人分となると頭が混乱すると肩を竦めた。
「そういう時は逆算だ。俺が計算してやる」
「ぎゃく、さん?」
それはなんだ。
ユンジェが首を傾げると、カグムが木の枝をとって図を描き始めた。
「計算を逆からやってみることだよ。そうだな、七日目で町に着いたと仮定して。この間の食事を数えていく。そうすると、四人が六日間でどれだけ、食事を取ったか、明確な数字が出る」
感覚も大切だが、具体的な数字を出して、把握することも大切だとカグムは棒で地面を叩いた。
ユンジェは難しそうだな、と零す。自分には到底使いこなせそうにない。
けれども。カグムは難しくないと、真っ向から否定してくる。
「逆算は何も計算だけじゃない。日常でも無意識に使っている。たとえば、明日、早起きをするために、早寝をする。これも逆算して、自分の目覚めを早めようとしているだろう?」
確かに。ユンジェは一つ頷いた。
「ユンジェはよく、相手の立場で考えるだろう? これも一種の逆算だ。逆の視点から物事を見て、相手の思惑を見抜き、行動を起こす。逆算はお前が得意としている分野だ」
そこまで言った時、カグムは頬を緩め、こんな案を出してくる。
「ユンジェ。これから食糧の管理と配分はお前に任せるよ」
「俺に?」
「ああ。俺達、四人の食糧はお前が面倒看てくれ。ユンジェが計算に苦労していたら、手伝ってやるからさ。お前は逆算の思考を、少しでも鍛えろ」
食糧の管理をすることで、毎日のようにユンジェは逆算することだろう。