青州のお尋ね者であるユンジェ達は極力、町や村を避けている。
それは王族に身を置いていたティエンや、それの護衛をしていたカグムの顔が広いに加え、ユンジェの顔も一部の兵達に知れ渡っているせいだ。
馬もないので、セイウの命を受けた兵に見つかれば厄介事では済まない。ゆえに日中はひと気のない山や岩場、森を通って玄州を目指している。
とはいえ、人の足なので、一日に移動できる距離は限られていた。
体力のこともあるし、野宿の場所決めもある。
日が暮れる前には、たき火の準備をしておかなければならない。
馬で移動していた時に比べ、本当にその移動距離は短いものとなっていた。
しかも。人間なので、当然腹は減る。長期間、人里に寄らなければ、勿論食い物の底が見えてくる。
「はあ。参ったなぁ。橋が崩れている」
地図を閉じたカグムが弱り切った声を出す。鬱蒼とした森を抜けたユンジェ達は、濁流に呑まれている橋の前に立っていた。
連日の雨で決壊してしまったらしい。造りを見る限り、木が腐っている。これでは濁流に押し負けても仕方がないだろう。
しかし。この橋を渡らなければ、目指す町には辿り着けないらしい。
生憎、ホウレイの間諜はその町にいないようだが、小さな町であるため手配されている兵の数は少ないだろうとのこと。
生活物資の補給に最適だったからこそ、目の前の現状には頭が痛くなると、カグムは肩を落とした。
「大回りして、次の橋を目指すか。しかし、地図を見る限り……何日掛かるやら」
「おいおい。もう二日分の食糧しかないぜ」
勘弁してくれ。嘆くハオは疲労の色を見せていた。
(無くなりそうなら調達すりゃいいじゃん。後ろに森もあるわけだし。そんなに深刻な問題かなぁ)
ユンジェは能天気に欠伸を噛み締める。
どうやら謀反兵達は、長期間の野宿を経験したことがないようだ。食糧が尽きる前に、町で補給していたのだろう。
彼らは基本、馬で移動していたのだから、それも可能な話だ。
(カグムやハオって、意外と旅慣れしていないよな。狩りの経験もなければ、獣や魚も捌けないし。たき火の組み方だって適当に覚えていたし)
兵士は戦うことを専門としている職。
ゆえに食糧調達はあまり、得意としていないようだ。カグムもハオも、追われる前は一端の兵として隊に潜伏していたのだから、旅慣れしていないのも仕方ない。
隣を見やれば、余裕の表情で景色を楽しんでいるティエンの姿。濁流を覗き込み、その勢いの凄さにはしゃいでいる。
「ティエン。二日分の食糧しかないんだってよ」
話を振ると、彼は満面の笑みでユンジェを見つめた。
「私は何も心配していないよ。ユンジェがいるからな」
美しい顔がにっこりと期待を寄せてくる。なんて絵になる笑顔だろう。それで腹が満たされたら、最高なのだが。
(まっ。俺も飢えるのは嫌だし、森に行ってみるか)
ユンジェは、指揮するカグムに声を掛けた。
「なあ。今日は早めに野宿場所を決めて、あの森を探索して良いか?」
ユンジェは森育ちである。
日頃は農民として畑仕事をしていたが、それで食えない時は森に世話になっていた。
なので、よく探せば森に食糧があることを知っている。
たき火場所を決めると、さっそく側らに生えている木を見上げ、軽々と木の枝へのぼる。その木には見覚えがあった。
生い茂った葉を掻き分けると、目の前に赤く長細い実が沢山生っている。
ユンジェはつい舌なめずりをしてしまった。
「ジャグムの実。久しぶりだな」
これを生で食べれば腹痛を起こしてしまうので、一度湯がかなければいけない。
手間のかかる実ではあるが、ねっとりした感触と甘みが癖になるので、ユンジェはこれを好物にしている。
しかも保存食に優れているので、これから先の旅に役立つ。