こんな屈辱あるだろうか。まだ服従を示した方がマシだ。
ユンジェがそう言うと、ハオがあからさまに嫌そうな顔を作り、「それは苦痛だな」と零した。想像するだけで、たいへん恐ろしいものを感じるらしい。
一方、話を聞いていたティエンはきょとんとした顔を作り、なんだ、と安心したように頬を崩した。
「セイウ兄上のことだから主従の儀以外にも、至らん苦痛を与えたのかと心配したが、ユンジェを丁寧に扱っているところもあったのだな。良かった」
ティエンに悪気はない。離宮にいた頃は、そのような扱いを受けていたのだろう。彼に悪意など一切ない。しかし、だ。
ユンジェは遠い目を作り、ティエンを満遍なく見て、ぽろっと呟く。
「ティエン。いまの俺とお前は、分かり合えないんだな」
「それはなぜだ?」
「いや、うん。いいんだ。育ちが違うから、分かり合えないのも無理はないよ。そういうことだってあると思う。気を悪くするな」
大層、不思議な顔を作るティエンに空笑いを浮かべる。
普段はちっとも気にならないが、ふとした時、彼は王族の人間だな、と思う。言えば彼が烈火の如く怒るので、黙っておくが。
さて。ユンジェはティエンから、今後の予定について話を聞いている。
彼から玄州に行くと決意の声を聞いた時は、我が耳を疑ったが、ユンジェは特に反対をしなかった。
ティエンの強い意思を宿した目を見て、言ったところで無駄だと判断したからだ。
それに加え、天士ホウレイに麒麟や使いのこと、そして呪われた王子について詳しく知りたいのだと言われた。
ティエンは痛感したのだろう。己の知識に穴があることや、無知な点が多いところを。
なにより。彼はユンジェを守るために、知識を得ようとしている。
申し訳ない気持ちで一杯になるが、ユンジェ自身、王族相手になると太刀打ちができなくなる。
(もし、セイウと再会したら、俺はまた何も感じなくなるかもしれない。身も心も懐剣になるかもしれない)
セイウと主従関係にあるユンジェは、第二王子との再会をなにより恐れた。あれに会わずに青州を抜けることができれば良いのだが。
廃屋の突き上げ戸から外を眺める。
本降りとなったので、今日はここで野宿だ。馬を失っているので、雨の日は雨宿りできるところで体力を温存しておかなければ。
(はあ。四人ってのがなぁ。微妙な空気だよ)
ライソウとシュントウがいなくなったので、なんというか、空気の緩和が薄くなった。
とりわけティエンとカグムが同じ空間にいると、その空気が冷たくなって仕方がない。陰でこっそりとハオが勘弁してくれ、と嘆いているのを耳にしている。
廃屋にいる今なんて最高に最悪であった。空間が狭いので、より冷たい空気が肌を刺す。
もっぱら拒絶を示しているのはティエンなので、それをどうにかしなければ。本当に息苦しいったらありゃしない。
そこでユンジェは考えた。空気を壊すにはどうすればいいか。
答えは簡単だ。
ティエンの気を紛らわせばいい。どちらにしろ、準備をしようと思っていたのだ。
ユンジェは口角を持ち上げると、四隅で腕を組み、突き上げ戸から外を眺めるティエンに声を掛けた。
「ティエン。頭陀袋の中身を出してくれ。矢の本数も確認したいから、床に並べてくれな」
勿論、ユンジェの頭陀袋の中身もひっくり返す。
悲しいことに、充実していたユンジェの持ち物は、セイウの下で着替えた時に、すべて取り上げられている。
所持品には保存食や銭は勿論、糸や布縄なんかも入っていたというのに。
おかげでユンジェの持ち物は手鏡や紅、燐寸、ハチミツ、櫛、本日買い足した油や塩など、あまりパッとしない。
対照的にティエンの持ち物は、とても充実していた。