東の青州は、たいへん交易に優れた土地である。
海や川に面した地域が多いため、船を伝って他州との交易を図っている。
それだけではなく、他国を受け入れる貿易の窓口として成り立っているので、異国人の姿も多く見られる。麟ノ国五州の中で、最も経済に影響を与える土地が青州である。
そんな青州は交易が盛んなこともあって、噂やお達しの広まりがはやい。
町々、村々、都では、王族直下の立て札が立てられた。
『麟ノ国第二王子セイウ ヨリ 尋ネ人 謀反兵ニ攫ワレ少年ノ名 リーミン 又ハ ユンジェ』
先方、王族に不満を持った謀反兵らが客亭に奇襲を掛け、第二王子セイウの下にいた少年を連れ攫ったそうだ。
その少年はセイウの懐剣に選ばれし者、麒麟から使命を授かった者だという。
ゆえに青州の兵士は、青州の人びとに知らせを呼び掛けた。リーミンを見つけ、宮殿に連れて来た者には報酬を与えると。
事件に関わった謀反兵らを捕まえても、それなりの報酬が待っているそうで、とりわけ主犯となった元王族近衛兵のカグム。奇襲を目論んだ麟ノ国第三王子ピンインには、リーミンより劣るものの、大きな土地が買えるほどの報酬を支払われるのだという。
ただし。立て札には、恐ろしい注意書きも記されていた。兵士がそれを読みあげる。
「リーミンさまに疵をつけてはならない。あれはセイウさまの懐剣であり、平民よりはるかに高い身分のお方。一滴の血を流すことも許されない。もし、疵をつければ、笞刑が待っている」
くれぐれも、美しさを汚さぬように。こよなく美と財を愛する、第二王子セイウらしい警告であった。
ここに王族兵の目から逃げ去るように小雨の下、町を出て行く男と子どもがいる。
その二人組は買った油や塩、保存食を腕に抱えて、外れの竹藪に入った。
高く伸びた青竹の合間を縫い、奥へ進む二人は、やがて人間から見捨てられた廃屋に辿り着く。
中に入ると、まさしくお尋ね者になっているティエンとカグムが、首を長くして待っていた。
「町の様子はどうだった? ハオ」
「謀反兵は誘拐犯にされてたよ。すっかり俺達はお尋ね者だ。とくにクソガキの熱の入れようは半端ねえ。一部の人間にしか顔が割られていないとはいえ、次からはカグム達と待機していた方が得策だ」
淡々と説明するハオの隣で、ユンジェは頭を抱えていた。
叫ぶことが許されるのであれば、思いきり叫んでやりたかった。馬鹿野郎と怒鳴ってやりたかった。
「なにが美しいまま連れて来いだよ。セイウの奴っ、相変わらず人を物みたいに見やがって」
ユンジェは懐剣という自覚こそあるものの、物という自覚は持ち合わせていない。
それゆえに疵をつけるな、だの、美しいまま連れて来いだの、そんなことを言われると腹が立ってしまう。
泥でもひっかぶってやろうか。地団太を踏むユンジェを指さし、ハオが目を細めてカグムに言った。
「クソガキ。平民より高い身分になってたぞ」
「ははっ。まあ、王族の懐剣なんだから、平民より高い身分に扱われても仕方がないだろうさ」
「なら、俺達もクソガキを丁重に扱うべきか? 今さらだとは思うが」
途端にユンジェは血相を変え、ハオに縋って、それは嫌だと訴える。
「お願いだから、農民のユンジェで接してよ。クソガキって罵ってよ。王族に相応しくない身分だって怒ってくれよっ! 俺は高い身分になんかなりたくない」
あれは地獄だ。生き地獄だ。自由もなければ、意思も持てない。何をするにも、誰かの手がなければ動けない。ああもう、思い出しただけでも肌が粟立つ。
ユンジェはわなわなと身震いし、平民がいい。農民が一番いいと切に主張した。あまりにも切迫した顔だったのか、ハオが身を引きつつ好奇心を向けてくる。
「てめえ、セイウさまの下で何が遭ったんだよ。少しは贅沢ってのもできたんじゃねーの? 綺麗な格好だってできたわけだし」
「じゃあ、ハオは我慢できるか? 初対面の人間に、真っ裸にされて湯に何度も浸けられたり。自分の手で着替えることも、食べることも、許されなかったり。挙句、用を足すことすら、従僕がついてくる!」