「カグム。貴様は私に、ユンジェを下僕にしろと言うのか」

「それが最善の手に思えますがね。此方としても、ティエンさまとユンジェには、まこと所有者と懐剣の関係になってもらいたいものです」

 それが所有者として、所有物を守ることにも繋がるのでは。カグムのしごく真っ当な進言に、ティエンが真っ向から反論した。

「ふざけるな。私はユンジェを一度たりとも、所有物として見たことはない」

「では、如何されるのです? このままでは、セイウさまの所有物となりますよ」

「決まっているだろう。兄上からこの子を遠ざける。どこまでも逃げてくれるわ。それでも、まだなお、ユンジェをつけ狙うようであれば」

 ティエンが目を細めて、口角をつり上げた。

「麟ノ国第二王子セイウを討つ。それでユンジェが呪縛から解放されるのであれば、私はあれと戦も辞さない」

 大層、カグムが呆れを見せた。

「ばかも休み休みに言えよ。ピンイン。相手は王族兵の層が厚い、麟ノ国第二王子セイウだ。実力揃いの兵ばかりだ。将軍もいる。援軍の層も厚い。兵を持たないお前が勝てるわけがないだろうが」

「真っ向勝負に挑むと誰が言った。呪って闇討ちにしてくれる」

「はあ。これだから、箱庭育ちの王子は。もう少し、現実的な目を持て!」

「貴様に指図される覚えなどないわ、カグム! ユンジェを踏むなど辱める行為、私にできるわけがない。それをするくらいなら、私がユンジェに服従を示してくれる」

「意味分かってんのかよ! お前は麟ノ国第三王子だろうが!」

「王子だのなんだの、貴様は一々口やかましい。本当に腹だしい男だな!」

 ティエンとカグムの凄まじい口論が始まったので、ユンジェはひっと息を呑んだ。己のことでこんなにも喧嘩するとは思いもしなかったのである。
 隣に立つハオを一瞥すると、彼は額に手を当て、「まだマシだ」と肩を落とした。

「てめえがセイウさまに捕まった時は、あれの三増しの言い合いだったんだからな。俺はいつ、あの二人が剣を抜くかと……ティエンさまはてめえのことになると、本当にお強く出られるよ」

 外に出ていた間諜が階段を下りてくる。準備が整ったと知らせたところで、ティエンが荒々しく外衣を掴み、それを纏って頭陀袋を肩から掛けた。

「私はユンジェと主従関係になるつもりはない。そんなやり方で、ユンジェを助けようとも思わない。あれと同じ道など辿るものか。セイウめ、必ずや討ってくれる」

 さっさと階段をのぼっていく彼は、ユンジェに着替えを持ってくると伝え、外へ出てしまった。言い合ったカグムと同じ空間にいたくないのだろう。

 残されたカグムの方も、憤りをみせ、転がっている腰掛を蹴っ飛ばしてしまう。

「あの分からず屋。腹を掻きたいのは俺の方だ。ったく、可愛げのない性格になりやがって。俺の後ろについて回っていた、あの頃のピンインが恋しいぜ。ティエンとはちっとも気が合わねえ」

 珍しく癇癪を起こしている彼は、八つ当たりをするようにライソウを呼びつけ、大股で階段をあがっていく。可哀想に、ライソウは縮こまっていた。

 それを見送ったユンジェとハオは、横目で視線を交わす。

「俺。こんな事態なのに、ティエンとカグムの傍にいたくないって、薄情なこと思っちゃったよ」

「奇遇だなクソガキ。俺もだ」

「俺のせいかなぁ」

「あれは水と油の関係だから、どんなことでも喧嘩するぜ、きっと。あーあ、面倒な奴等」


 階段を見上げる二人の目が、遠いものとなった。