衣装に包んだ道具を、腹に巻きつけると、お手製の縄を取り出す。それを柱に括りつけ、しかと固結びをすると、半開きの窓に放ってハオに声を掛けた。

「ハオ。合図で衣装箪笥に飛び込めよ。隠れるぞ」

「おいおい。それを使って下におりるんじゃねーのかよ」

「下で兵が動き回っているのに、悠長に縄でおりれるか。下手すりゃ見つかるぜ。よし、いくぞ」

 部屋を飾る壷を掴むと、ユンジェはそれを半開きの窓目掛けて投げつけた。脆い擦り硝子が張られた窓は、甲高い音を立てて割れる。
 それを合図にユンジェは、ハオと大きな衣装箪笥へ飛び込み、じっと息を潜めた。

 音を聞きつけたのだろう。
 耳をすませると、扉の開閉音や兵の騒ぐ声、侵入者だの、リーミンがいないだの、窓から連れて行かれただの、たくさんの会話が聞こえてくる。

 それらが消えると、ユンジェとハオは衣装箪笥を開け、慎重に部屋から出た。閑散とした回廊を見る限り、兵達の殆どは下の階におりたようだ。侍女や従僕すら見当たらない。
 見掛けても、一人ふたりならば、ハオが伸してくれるので問題は無かった。

(股の裂けていない衣は走りにくいな)

 ユンジェは回廊の窓を一々覗き込み、行き交う兵の数を確認する。内、ひとつに椿の木を見つけたので、二人は窓枠を飛び越え、太い枝に乗った。

 地上を見下ろせば、松明を持った兵が三人、うろついている。

「三人か。やれねーことはねえが、賭けになりそうだな。不意を突ければ良いんだが」

「隙を作ればいいの? 俺、すごく得意だよ」

 いたずら気に笑うと、衣装で包んでいる物を取り出す。それは先ほど砕いた花瓶であった。

「それ……まさか」

 顔を引き攣らせるハオを余所に、ユンジェは兵達が固まった頃合いを見計らい、軽く指笛を吹いて、兵達の注意を木の上に向けさせた。

 一斉に視線が持ちあがった瞬間、ユンジェは結び目を解いて、砕いた花瓶を兵達目掛けて振り撒いた。驚きの声は、木から飛び下りたハオの手によって揉み消される。

 双剣で切られた兵達が動かなくなったのを確認し、ユンジェも枝から枝へと伝い、木から飛び下りて、彼と茂みの中に隠れた。

「相変わらず、卑怯な手を使うよなお前。敵なら真っ先に斬りつけたくなるぜ。って、何してやがる」

 ユンジェは失った花瓶の破片の代わりに、砂をかき集め、衣装の切れ端で包んだ。

「新しい目つぶしを作ってんの。花瓶で代用してみたけど、あれは使い勝手が悪いな。やっぱり細かい奴じゃなきゃ。んー、けど砂だけってのも心もとないな。効けばいいけど」

「次から次に……怖ぇガキだな、おい」

 遠い目を作るハオを余所に、ユンジェは腹に巻きつけている衣装から手鏡を取る。それを茂みの外に出して、前後左右を確認した。

 右の暗い闇夜に、松明がひとつ、ふたつ。こちらに兵が近寄ってきそうなので、手鏡を銜え、今しがた詰め込んだ砂の包みの口をしかと捩じり、強度を高めて、向かい側の部屋の窓へ投げた。

 硝子の割れる音により、兵達が移動する。
 よしよし、上手くいった。砂もまとめてしまえば、立派な鈍器になる。硝子を割ることなど容易い。

「今のうちに移動しよう。ハオ、どこに行けば……どうしたんだよ」

 額に手を当てているハオに、頭でも痛いのか、と尋ねると、彼は小さく嘆いた。

「ほんとに怖ぇんだけど。よくもまあ、そんなに悪知恵が出るもんだ。ティエンさまの性格が強くなるのも分かる気がする……できることなら二度と敵にしたくねえ、このクソガキ」

「俺はリーミンだってば。いい加減、名前で呼んでくれよ」

 味方で良かったと唸るハオに、今はそんなことを言っている場合ではないと呆れ、ユンジェは彼に早く移動しようと促した。

「懐剣がいないことを知ったらセイウが動く。俺、あいつには逆らえないんだ」

 客亭から騒々しい声が聞こえる。
 どれもこれも、リーミンを探すもの。あれほどの騒ぎなのだからセイウも、騒動を耳に挟んでいるはずだ。