その様子から察するに、セイウは本気で指を頂戴する男なのだろう。みながみな、目を据えてユンジェを美しくしようとした。我が身可愛さなのは一目瞭然であった。
そんなこんなで、客亭に着くやユンジェは小部屋へ連れて行かれる。
まず、そこで眉や髪を整えられた。
路銀のために、伸ばしていた髪は侍女達にして見れば、まだ短く見えるようで、ちゃんと髪を伸ばしていくよう注意を受ける。
それが終わると、湯殿に運ばれた。
ユンジェはそこで、とんでもない目に遭ってしまう。
なんと、赤の他人に真っ裸を見られた上に、隅々まで洗われたのだ。
農民であるユンジェは、湯に浸かる生活を送っておらず、基本は桶に張った湯で体を拭き、髪を洗って終わる。勿論、それは一人ですべてしてしまう行為。
だからユンジェは目をひん剥いた。
まさか、初対面の他人から体を洗われるなんて想像すらしなかったのである。勘弁してくれと思った。従僕達に何度、ひとりで出来ると主張したか。一生分の羞恥をここで噛み締めたと思う。
更にユンジェは長時間、湯に浸けられた。体を洗れては湯に浸けられ、髪を洗われては湯に浸けられ。
綺麗になったところで今度は美しくすると、芳香湯を作り、花の香りが体に染みつくまで浸けられた。
上がる頃には、すっかり湯あたりを起こしていた。本当に殺されるかと思った。
だが、大人達は容赦がない。
湯殿から上がらせたユンジェを休ませることなく、体に香油を垂らすと、全身をよく揉んで磨いた。もう抵抗する元気もなかった。
(まだ、頭がぼーっとする)
派手な姿見の前に立たされたユンジェは、生まれて初めて美しい衣に身を包んだ。
触り心地の良い絹の衣に、銀の刺繍が入った帯。足を包む柔らかな靴の心地よさには、思わず飛び跳ねたくなる。
実際に試しそうとしたら、従僕や侍女から頭ごなしに怒られてしまったことは余談としておこう。
(しかし、絹は軽すぎて変な感じだ。とても動きにくいし。股の割れていない衣なんて初めてだ)
肩から足先まで繋がった衣は、とても長く、うっかりすると裾を踏みそうである。走り回ることは難しそうだ。
(うへえ。これが俺……なんだか、他人のようで気持ちが悪いな)
鏡の前の己が立派になっていくので、ユンジェは贅沢の力とはすごいものだ、と他人事のように思った。こんな自分、見たことがない。
呪詛のように従僕が、侍女が、みなが唱える。
「美しく。もっと美しく華やかになりなさい。リーミン、お前はセイウさまの懐剣なのです」
「麒麟の使いの名に恥じない姿となりなさい。セイウさまの名に恥じない振る舞いをしなさい」
「すべてあの方に捧げなさい。お前は王座のしるべなのです」
「ユンジェの名はこんにち付けで忘れなさい。これからはリーミン、お前はセイウさまからリーミンの名を賜った者」
紅で目元に曲線を描かれ、結った髪に瑪瑙の玉がついた簪を飾られ、帯には扇子をたばさまれる。
ユンジェはそこにティエンの懐剣もたばさんだ。幸い、これは取り上げられずに済んでいる。否、セイウは取り上げることを拒んだ。
なぜなら、これには麒麟の加護と使命が宿っている。下手に取り上げでもしたら、王族のセイウですら身が危ぶまれるとのこと。
「使命を授かった懐剣は、その使命と共に生き、その使命と共に終わりを迎えると云われています。それを邪魔するようなことがあれば、必ずや天が裁きを下すことでしょう。リーミンから懐剣を手放させるには、所有者の愚弟を討つしかないのです」
そのようにセイウは言っていた。
そういえば以前、カグム達が取り上げようとして失敗しているところを、ユンジェは目の当たりにしている。あれは天の裁きだったのだろうか。
(まっ、ちゃんと警戒はしてくれているけど)