探し出すには夜しかない。

 けれど夜の山をうろつくなど、危険極まりない。ましてや土地勘もない山だ。
 下手をすれば、道に迷い、遭難してしまうやもれない。それだけならまだしも、凶暴な獣に遭遇したり、藪にいる毒蛇に噛まれたり、足を滑らせて崖から落ちる可能性もある。

 浮かない顔を作るハオとは対照的に、ティエンは希望を胸に抱えた。

「そうか、話は分かった。ユンジェを頼む」

 握っていた子どもの手を、掛けている衣の中に入れると、ティエンは彼の持っていたカヅミ草を取り、駆け足で小屋を出て行く。

「ああもう、やっぱりこうなると思った! 王子、お待ちください! 危険ですって!」

 嘆くハオの声を無視し、太い枝と布縄で松明を作る。
 大丈夫、夜の山を歩き回る経験はないが、夜の森は何度も歩き回った。注意すべき心得はユンジェから教わっている。

「ピンインさま。私が行かせると思いますか?」

 後を追ってきたカグムが前に立ちはだかる。
 邪魔だと足蹴にするが、彼は首を横に振るばかり。踵を返して、別の道から行こうとすると、へし折らんばかりに腕を掴まれた。

「だめです。お戻りください。その役は私がしますので」

 なぜだ。なぜ邪魔をする。ティエンは眉を寄せた。王族だから行かせてもらえないのか。

「放せカグム。ユンジェが苦しんでいるというのに、貴様は私に座っていろ、と言うのか」

「ええ、そうですよ。貴方様はそういう存在です。ユンジェに感化され、多少やんちゃになられたようですが、身分は弁えて頂きたい。貴方様は、あの子よりも価値がある。だから一年間、私はピンインさまを探していたのです」

「価値? 仮に私に弑逆させ、王位簒奪させ、その後の私の価値とはなんだ。王座に座らせて終わりだろう? 私はお飾りなのだろう?」

「新たな麒麟を誕生させるお役があります」

 たった、それだけではないか。
 カグムが口にするティエンの価値とは、第三王子ピンインの身分ばかりではないか。

 王族だから動くな、王族だから身を弁えろ、王族だから品位を保て。聞けば聞くほど、ピンインの価値など小さい。なにがあの子よりも価値がある、だ。なにが。

 ああ、心が冷えていくのが手に取るように分かる。
 
「どけ、カグム。私は貴様と戯れている時間など、爪先もないのだ」

 嘲笑うように喉を鳴らして笑うと、なぜであろう、カグムの手が畏れるようにティエンの腕を振り払う。
 飛び退いて距離を置く彼と視線を合わせ、ティエンはきゅっと口角を持ち上げた。 

「呪われたくなければ、私の邪魔をするな」

 そう言ってティエンは走り出す。馬だとカヅミ草を見逃す可能性があるので、その足で山道を下った。

 もう日は暮れ始めていて、これから恐ろしい夜が訪れようとしているのに、己の心は早くその刻が来ることを待ち望んでいる。
 さあ、はやく夜になってくれ、はやく。

(待ってろユンジェ。必ず熱を下げてやるからな)

 死なせない。死なせてなるものか。

 ティエンがこんなにも、生きたい、と思えるようになったのはユンジェのおかげなのだ。あの子が生きて欲しいと、ティエン自身を必要としてくれたから、自分はいま、必死に生きようともがいている。

 ユンジェと一緒に生きたい。生き続けたい。

(ユンジェは生きる術をたくさん知っていて。頼れる子で。とても我慢強くて)

 ティエンは非力であった。無知であった。飢えにも弱く、疲労したらすぐに寝込んだ。
 そんな自分をユンジェは見捨てなかった。自分の出来ることをすれば良いと教え、寝込んだら看病し、傍に置いてくれた。

 食い物に困っていても、いつもユンジェはティエンの分を多くした。