けれど、守るべき者を守るため、生き抜くためには、仕方がないと考えている。
 それは父王に命令され、己を狙う兵達とて同じだろう。彼等もまた、呪われた王子を討つことで国が守れると考えているに違いない。

 だからこそ、命を懸けた行いはそれ相応の覚悟をしておかなければならないだろう。

 ティエンもいつか、その兵のように、知らぬ誰かに命を奪われるやもしれない。兵に捕まり、首を刎ねられるやもしれない。巡り巡って因果に身を焼かれるやもしれない。
 きっとそれは、常に覚悟しておかなければならないことだろう。

 しかし。その時が来るまで、精一杯生きたい。
 ティエンは這いつくばっても、ユンジェと生きると心に誓っている。子どもと平和に生きることを、いつも夢見ている。

(生きるとは悪、だな)

 いつぞかユンジェが語った罪。あれも生きたいがための罪であった。
 そして、いまも、生きたいがためにティエンは罪を犯している。生きるとは悪であり、罪なのかもしれない。

 だが、それに恐れる暇など無い。

「亡骸を隠して、次へ移るぞ。時間は惜しい」

 ティエンは短剣を鞘に収め、外衣を靡かせながら、カグムの馬へと戻った。


 偵察の亡骸を藪に隠し、馬達を狼煙の上がっている方角へ走らせる。
    
 その後、ティエン達はそこから少し離れ、切り立った岩陰の下で息を潜めた。そこは走る馬では通りにくい斜面が多きところなので、よほどのことがない限り、隊は通らないだろう。

 太陽が真上に来た頃、熱に魘されるユンジェが怯え始めた。来る、来る、来る、としきりに呟くので、隊が一斉に動いたことを教えてくれる。

 程なくして地が鳴り、馬の音が無数に通り過ぎた。

 ティエンが様子を窺うと、脇目も振らず、狼煙の方角へ向かう兵達の姿。
 そこの中に、ひときわ若い男が立派な馬と鎧を着こなし、道を進んで行く。凛々しい横顔を持つ男であった。知的な面持ちと、深い藍色の髪は知将の名にふさわしいもの。


――あれが将軍カンエイ。


 ティエンは顔を忘れぬよう目に焼き付けると、過ぎ去る音にまぎれ、カグム達と馬を走らせた。少しでも己の策が時間を稼いでくれることを、切々に願いながら。