「足りなくなったユンジェの血は、どうすればいい? もう戻らないのか?」
ティエンが青ざめた顔で質問をする。それこそユンジェよりも、血の気のない面を作っているので、こっちが心配してしまう。
彼は戻らないわけないだろうと、悪態をつき、ユンジェに水を飲ませた。
「血を作るもんを食わせるしかねーよ」
「それを食せばユンジェは、元気になるのか?」
「まあ、時間は掛かるだろうがな。近頃じゃ、他人の血や動物の血、尿を体に入れるってのがあるみてーだけど、対象者はみんな死亡しているらしい。おぞましいったらありゃしねえ……ですよね。怖いですよね」
ようやく話し相手がティエンと分かったのだろう。ハオの口調がしどろもどろになる。彼は己の無礼な振る舞いに、冷や汗を流していた。
しかし、ティエンは態度よりも、血を作る食べ物の方が気になって仕方がないらしい。嫌悪している兵士相手に一体、それは何があるのだと追究していた。
ハオの言う通り、ユンジェの体は本人でも分かっていなかったほど、弱り切っているらしい。
そのせいなのか、馬で移動している間は眠りこけていることが多かった。せっかく初めて馬に乗ったというのに、景色を見る元気がない。とにかく気だるいのひと言に尽きる。
懸命に目をこじ開けていると、同乗するカグムに寝ていて良いと言われた。
「悪かったなユンジェ。お前を試して。怖い思いをさせた」
カグムは世話を焼いてくれる優しい男である。その一方で心意が読めない男でもある。
ティエンの友で、彼を裏切った近衛兵。心寂しい時に優しくしてくれた恩があるため、ユンジェはどうしても嫌いになれずにいる。
今だって、こうして真摯に謝るのだから、本当にずるいと思う。
「いいよ。カグムは俺の弱点を、ティエンに教えようとしただけだろう? やり方は酷かったけどさ。俺、あいつに言ってなかったから……使命以外のことで懐剣を抜いても、ただの役立たずって」
「おいおい、ユンジェ。何を勘違いしているんだ。お前はピンインさまをおとなしくさせる一番の道具。だから脅した。それだけだよ。言っただろう? お前は俺が預かると」
ユンジェは力なく笑い、そっと目を細める。
「知った弱点は普通、仲間内だけに知らせるだろう? なのに、カグムはそれをしなかった。俺やティエンが知ったら、当然策を打つって分かっているくせに」
カグムはわざとらしく顔を顰めると、舌打ちを一つ鳴らし、もう寝ろ、と強制してきた。図星だったようだ。
「ひとつだけ。なんで、俺の弱点が分かったの?」
「ユンジェの動きは何度も見てきたからな。お前はいつも自身の護りを疎かにして、ピンインさまを優先していたから、おおよその検討をつけた」
そして、さっき確信を得た。彼は控えめに自分を見つめ、こんなことを指摘してくる。
「ユンジェ、あんな戦い方をしていると、お前いつか死ぬぞ」
そんなことを言われても、ユンジェだって死にたくないし、痛いのは大嫌いだ。
けれども、使命を前にすると、頭よりも先に体が動いてしまう。よく考える行為も、ティエンを守るがため。
「その時の俺は、ちょっとおかしいんだ。恐怖を忘れる……護身剣、だからかな」
「恐怖を忘れる?」
聞き返してくるカグムに、寝息を立てるユンジェはもう何も答えなかった。